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施設の取り組み
静岡県立静岡がんセンター

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「処方別がん薬物療法説明書」の活用により
患者さんの目線に沿った副作用対策を実践

静岡県立静岡がんセンター

01がん種及びそのレジメンごとに
薬物療法や副作用対策を盛り込んだ説明書を作成

YUKO KITAMURA北村 有子氏(静岡県立静岡がんセンター 研究所
看護技術開発研究部 部長)

静岡がんセンターは2002年に開院した高度がん専門医療機関であり、3つの理念の1つに「患者家族の徹底支援」を挙げ、「治し、支える医療」の実践に努めている。病床数は615床、2018年度の外来延べ患者数は約30万人、入院延べ患者数は約20万人であり、がん患者診療数は全国トップ3に入る。

同センターは、がん診療における副作用対策にも力を入れており、2012年から医師、看護師、薬剤師らが協力して、がん種及びその薬物療法のレジメンごとに、がん薬物療法の内容や治療スケジュール、発現する可能性のある副作用とその対処法などを盛り込んだ「処方別がん薬物療法説明書」の作成を開始した。2017年より、すべての医療者がこの説明書を用いて患者さんへの説明を行っている。

当初は、医師、看護師、薬剤師、といった各職種がそれぞれ説明書を作って、それぞれの立場から説明を行っていたので、患者さんが混乱することも多かった」と石川氏は話す。「医療者は治療に関係する情報や重篤な副作用対策は優先して説明しますが、患者さんが日常生活で気になる皮膚障害や脱毛などのアピアランス関連はどうしても説明が後回しになってしまいます。また当初は副作用ごとに対策をまとめた冊子などはあったのですが、それだとその副作用が発現している患者さんしか手に取って見ることがなく、この先どんな副作用が出るかについての心構えができませんでした」と、北村氏は言う。

外来での抗がん剤治療が増えている現在、患者さんやご家族は自宅で副作用に対処しなければならないことも多い。その点、患者さんが日常生活で気になる症状も含めた副作用やその対処法、医療者への報告のタイミングなどがやさしい言葉で詳細に書かれている処方別がん薬物療法説明書は、患者さんの身体的・精神的な負担をやわらげる強力なツールとなっている。すべての医療者が1つの説明書を使って説明するので、患者さんの混乱も軽減された。

02患者さん・ご家族が知りたい、知っておくべき情報を
的確に提供する「情報処方」という概念

処方別がん薬物療法説明書は、静岡がんセンターのホームページに掲載されている。頭頸部がん、食道がん、胃がん、膵がんなど16のがん種に対応して用いられるレジメン毎にPDFの形式で掲載されており、同センターで実施している抗がん剤治療の上位100療法のうち、約39%をカバーしている(2019年10月末時点)。

当センターには病院に併設して研究所があり、中でも看護関連の研究部が2つあるのが特徴です。このうちの1つ、看護技術開発研究部では、『情報処方』を研究しています。情報処方とは、英国National Health Serviceの「Information Prescription」(情報処方箋)をヒントに、当センターでは『がん患者さんやそのご家族が知りたいこと、知っておかなければならない情報を的確に提供する』と定義し、処方別がん薬物療法説明書はその実践ツールの1つとなっています」(北村氏)。

それまで各職種が作成していた説明書では、医療者側が伝えたいことが主となっており、皮膚障害や脱毛など患者さんが実際に困っていることや日常生活で気になる情報が不十分と考えた北村氏らは、各職種が作成した説明書を集め、どのような情報が網羅されていて、どのような情報が不足しているのかを分析し、文献なども参考にして掲載する項目、内容、書式などを固めていった。

統一したフォーマットとするために、医療者にも繰り返し意見を求めました。最初は3冊くらいから始めて、患者さんにわかりやすいやさしい言葉を使い、全体で統一感が出るように項目や表現を揃えるなどの工夫をしたり、患者さんの意見を取り入れて修正するなどして、徐々に種類を増やしていきました」(北村氏)。

またメーカーなどから提供される説明書の場合、併用療法について解説しているものは少ないが、同センターの説明書では併用療法についても解説されている点が大きな特徴であり、メリットとなっている。

静岡がんセンター ホームページ
処方別がん薬物療法説明書【患者さん向け】

https://www.scchr.jp/information-prescription.html

03患者さんが日常生活で気になる副作用を含め
対処法・報告のタイミングなどを詳細に説明

HIROSHI ISHIKAWA石川 寛氏(静岡県立静岡がんセンター
薬剤部 がん指導/がん専門薬剤師)

処方別がん薬物療法説明書は、記載方法が統一されている。その内容は、がん薬物療法(抗がん剤治療)とは何か、その目的と効果、治療期間と点滴のスケジュール、治療前・期間中の注意事項など、最初に患者さん自身が受ける治療の詳細がわかるものとなっていて、それに続き副作用についての記載がある。

副作用に関しては、治療に際して患者さんが日常生活で気になる症状を含めて発現する可能性がある副作用を、優先順位をつけて20~25項目厳選して入れています。前半で副作用の概要などの全体像、後半では特に注意を要する副作用と将来起こりうる副作用の対処法や報告するタイミングについて個別に説明を加えています」(石川氏)。

また石川氏は、「これまでの説明書だと、たとえば皮膚障害では『このような症状の場合に来院してください』という文章が書いてあるだけでしたが、こちらの説明書では症状の写真も掲載しているので、自分自身の症状がどの程度なのかが判断しやすくなっています。副作用の重篤化を防ぐためには、どの段階で医療機関を受診すべきかが的確にわかることが非常に重要です。説明書には、グレード1~3に分けて症状の程度を記載し、どのグレードのどのような症状のときに医療者に報告すべきかも明記しています」と言う。

脱毛や吐き気はある程度予測して事前に対処することもできますが、たとえば食事がおいしくないなどの症状が現れる味覚異常は治療中は続きますので、そこが気になるとおっしゃる患者さんが多くいらっしゃいます。そのため説明書では、食事のメニューを変える提案や、その調理法、また、口の中をきれいにすることが大切になりますので、その方法なども詳しく記載しています」(石川氏)。

症状の写真まで掲載された同センターの「処方別がん薬物療法説明書」(抜粋)

04外来患者さんが自宅での副作用対策を的確に行えるよう
個々に応じた説明・指導を実施 

処方別がん薬物療法説明書は、治療方針が決まったときに、患者さんに手渡してこれに基づき説明を行う。説明の後は、患者さんが冊子を持ち帰って自宅でも確認できるようになっている。

外来の患者さんの場合は、化学療法センターで点滴を受けている間に説明しています。ご高齢の患者さんの場合、ご家族が一緒に来られた場合は一緒に聞いていただきます。独居の方は帰宅してからは1人になってしまうので、特に丁寧に説明をするように心がけています」(石川氏)。

薬剤師の場合、説明は初回と2回目の来院時に行っている。「初回は最も発現しやすい副作用を中心に説明し、2回目で副作用がひどくなっている場合は、前回の説明を理解しているかを含めて軌道修正のための説明や指導を行います。説明の優先順位は患者さんを見て、薬剤師が判断して行っています。患者さん目線で、一人ひとりの患者さんに即した説明を行うことが重要だと考えています」と石川氏。

患者さんは、どのような副作用が起こるか、治療が始まる前にはわかりません。そのためまず1回は目を通してもらって、症状が現れたときにもう1回副作用のところを確かめてくださいと伝えています」(北村氏)。

また、同センターでは、処方別がん薬物療法説明書を用いた説明を行うときに、動画を用いることもある。「これから増やしていきたいと思っていますが、現在は皮膚障害の動画があり、説明時にタブレットで確認していただきます」(石川氏)。

説明書を補完する役割を果たしており、たとえば皮膚障害の動画では、保湿剤の塗り方や塗布量をわかりやすい言葉と画像で伝えている。グレードについても、「グレード3は最もひどい状態、グレード1は痛みを伴わず、わずかな皮膚の炎症」などと、かみ砕いて説明している。「医師に保湿剤を出されただけではわかりにくいことも、動画を見ればわかりやすい。動画をお見せした患者さんは、見せていないときと比べて十分な量の保湿剤を正しく塗れています」と石川氏はその効果を語る。

皮膚障害説明用動画(一部)

05あらゆる手段で患者さんやご家族に必要な情報を的確に届ける

処方別がん薬物療法説明書の現状の課題として北村氏は「患者さんからのフィードバックを増やしたい」という。

現状では、副作用の頻度は文献を参考にしているのですが、患者さんから報告のあった副作用の発現状況をデータとして蓄積し、説明書に反映できないかと考えています。また、グレード判定の際、医療者側からみてグレードが低いと判断しても、実際に患者さんが感じているつらさとはずれが生じている場合があります。それを聞き取って説明書に反映していきたいと考えています」(北村氏)。

また、石川氏は「マンパワーの問題もあり、現在は1コース目と2コース目にしか薬剤師が患者さんに関われていないのが現状です。実際には3、4コース目のほうがつらい副作用が出てくるケースもあるので、そこに介入したいという思いがあります。また最近は支持療法も進んでいますが、予測できない副作用もあるので、説明書を使って予防に重点を置いて、先々まで副作用が抑えられるような説明や指導ができればと思っています」と語る。

薬剤部では、さらなる副作用対策の一環として、すべての患者さんの検査値のチェックも実施している。「内服薬だけで治療されている患者さんの検査値もすべてチェックしています。たとえば1コースの服薬期間が4週間の場合は、最初から4週分を出さずに途中で1回来院していただき、検査を行います。その結果、肝機能や腎機能に問題があれば医師に問い合わせます」(石川氏)。

同センターは院内処方である。それぞれの薬剤で押さえておくべき項目が記されたリストを用いて検査値をチェックし、問題がある場合は薬剤師が窓口で薬を渡すタイミングで説明を行っている。「説明は時間がかかりますが、患者さんの安全という視点からリスクとベネフィットを考え、しっかりと説明を行うようにしています」と石川氏は言う。このチェックリストは現在1冊の本にもまとまっており、処方監査時のエッセンスとして、外来で抗がん剤を取り扱う薬剤師から好評を博している。さらに経口抗がん剤にとどまらず、注射抗がん剤についても同様のチェックリストを作成して活用しており、こちらも近日発行予定であると言う。

静岡がんセンターは、処方別がん薬物療法説明書にとどまらず、「がん患者さんやご家族が知りたいこと、知っておかなければならない情報を的確に提供する」ことを目指して、多職種が協働し、今後もがん薬物療法副作用対策の最前線を走り続ける。

(取材日:2019年9月26日 取材場所:静岡県立静岡がんセンター)

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