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地域医療の実現のために
クリニックの診療の質を高める
プライマリ・ケア認定薬剤師の取り組み
多摩ファミリークリニック
多摩ファミリークリニック院長/日本プライマリ・ケア連合学会副理事長
大橋博樹先生
多摩ファミリークリニック副院長・薬剤師/プライマリ・ケア認定薬剤師
八田重雄先生
神奈川県川崎市の多摩区エリアで家庭医療・総合診療を展開する医療法人社団 家族の森多摩ファミリークリニック。そこでは、日本プライマリ・ケア連合学会のプライマリ・ケア認定薬剤師が医師と連携し、質の高い外来診療・訪問診療を実現している。多摩ファミリークリニックの大橋博樹院長、同院でプライマリ・ケア認定薬剤師として働く八田重雄副院長に、院内での医薬連携をベースとした外来診療・訪問診療の取り組み、地域の薬剤師とのネットワークづくりなどについて伺った。
目次
01プライマリ・ケア認定薬剤師とは
大橋先生:「プライマリ・ケア」はもともと医師だけでなく多職種で実践するもので、いろいろな職種が集まり、各プレーヤーがそれぞれ専門性を持って取り組む必要があります。日本プライマリ・ケア連合学会では、先に医師に関して認定医制度・専門医制度を作りましたが、当然ながら薬剤師に関しても、プライマリ・ケアに取り組む薬剤師の質を担保する認定制度があったほうがいいということで、3学会(日本プライマリ・ケア学会、日本家庭医療学会、日本総合診療医学会)が合併して連合学会(設立日:2010年4月1日)ができる前の2009年に、日本プライマリ・ケア学会が「プライマリ・ケア認定薬剤師制度」を創設し、現在連合学会が引き継いでいます。
- プライマリ・ケア認定薬剤師の研修における必須領域
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- A:プライマリ・ケアに関する知識とプライマリ・ケア認定薬剤師の役割
- B:コミュニケーションスキル
- C:服薬指導・支援
- D:プライマリ・ケアにおける薬物治療(EBM、ガイドライン、緩和ケアなどを含む)
- E:生活習慣指導
- F:メンタルケア(自殺予防も含む)
- G:在宅ケア
- H:セルフメディケーションに必要なOTC・健康食品・漢方薬などの知識と活用
- I:地域活動(薬物乱用防止、学校薬剤師、健康教育などを含む)
- J:地域連携・チーム医療
日本プライマリ・ケア連合学会 プライマリ・ケア認定薬剤師要綱 細則より(2023年12月閲覧)
八田先生:プライマリ・ケアには以前から興味があり、診療所で研修を受けるなどして勉強していたのですが、川崎市立多摩病院に勤めていた時に大橋先生をはじめ総合診療医・家庭医の先生方との出会いがあり、「自分が求めているものはやはりプライマリ・ケアだ」という思いを強くしました。プライマリ・ケア認定薬剤師は、多摩ファミリークリニックで働く前の2013年に2期生として取得しました。
大橋先生:川崎市立多摩病院にいた頃は八田先生を見て「プライマリ・ケアに興味がある薬剤師さん、珍しいな」くらいにしか思っていなくて、私はその後、病院から離れて2010年に川崎市多摩区に多摩ファミリークリニックを開業しました。一般的なソロ開業で始めて、在宅医療にも取り組むようになった頃、八田先生から連絡があり、「病院を辞めて、先生のクリニックで働きたい」という相談を受けたのです。
「薬剤師が病院にいるのは分かるけれど、診療所にいて何になるのだろう」と最初は思いました。しかし、何度かやりとりをする中で「あえて調剤をしない働き方にこだわってみたい」「医師と一緒のフィールドに立って1人の患者さんのことを考えたい」という話を聞き、「面白そうな話だな」となり、クリニックに来てもらうことにしました。
八田先生:大橋先生は「プロフェッショナルとして責任を持ってくれれば、薬剤師が処方変更の提案をしてもいい」という考えをお持ちであることは知っていましたので、思い切ってプライマリ・ケアの場であるクリニックへ飛び込むことにしました。
大橋先生:ちょうどその頃、薬剤師同士のセミナー動画で、患者さんの処方について「私ならこの薬を選ぶ」「この薬よりもこちらのほうがいい」という議論をしているのを見て、「どうしてこの熱い議論が医師と一緒に展開できないんだ」という思いを持っていたことも、八田先生を受け入れた背景にありました。
02プライマリ・ケア認定薬剤師としての業務(外来診療)
大橋先生:外来では、医師の診察の前に、八田先生が予約の患者さんのカルテを全部見て、赤ペン先生のようにチェックを入れます。「この患者さんのこの薬はそろそろ止めてもいいんじゃないですか」「この薬を飲んでいるので、そろそろカルシウムの値をチェックしたほうがいいんじゃないですか」といった提案をしてくれます。もう少し突っ込んで、「糖尿病のコントロールが悪いので、この薬にスイッチすることも検討してはどうですか」「この症状はこの薬の副作用かもしれないので、いったん止めて様子を見たほうがいいんじゃないですか」といったことが書いてあることもあります。
こうしたことは自分自身が予習して気づくこともありますが、私にはなくて八田先生にはある知識というものが必ずありますので、事前のチェックを見て「おおっ」と思うことがよくあります。外来ではさも自分が気づいたことのように「○○さん、そろそろ血液検査でこれを調べたほうがいいですね」と患者さんに話します。「二人羽織外来」と言われたりもしますが(笑)、患者さんには非常に評判がいいです。
私は「ドクターズ・ドクター」と呼んでいます。薬剤師が専門的視点からアドバイスをしてくれることは非常に重要で、診察中に八田先生に「これはどちらがいいですかね」と声をかけて、患者さんの前で医師と薬剤師が相談し合う場面もあります。
例えば、腎機能が落ちている場合の用量調節や新しい薬を始める時の初回用量、子どもが服用する時の飲みやすさなどについて適切に指摘してくれます。処方する行為は確かに医師にしかできませんが、薬剤師が意思決定に直接関わり処方提案をしてくれることは非常に重要だと感じています。
メーカーからの医薬品情報も八田先生がすべて集約し、毎週開催される医師向けの勉強会でフェアな形にしてプレゼンしてくれます。聴いている医師は、新しい薬の情報をプロモーションの影響を受けずに公平に収集できるので、とても助かっています。
03プライマリ・ケア認定薬剤師としての業務(訪問診療)
八田先生:訪問診療の時は基本的に常に医師に同行します。大橋先生が診察している間に私は家族の方と薬の管理について話をします。「病気は安定しているけれど、最近元気がない」という話になったら、病態による影響だけでなく薬の影響も考え、「これが一番疑わしいから止めましょう」といった提案をしたりします。
在宅医療の現場では「いつも飲んでいるけれど、何の薬か分からない」ということが意外とよくあります。「これはこういう理由で飲んでいるんですよ」と説明すると、「それは必要です」という場合もあるし、「そういう症状はない」という場合もあり、相談しながら減薬するということがあります。
服薬状況がよくない患者さんには「飲みたいのに飲めない人」と「飲まない人」の2つのパターンがあり、「飲みたいのに飲めない人」の中には、例えば関節リウマチの患者さんなどで手が不自由で、薬が一包化されているために逆に1つ1つの薬が取り出せないということがあります。そういったことは患者さんの病気だけでなく生活を知らないと対応できない問題です。
処方提案する際は、特に高齢者、多剤併用している患者さんに関しては、薬の選択・投与量の設定に注意しています。投与量・用法は、電子添文の用法・用量に基づき、患者さんの病態や年齢・体格、食事の回数といった生活環境などを確認しながら判断・提案しています。また、薬剤の開始時は、必要性などを患者さんとよく相談しながら考えています。
大橋先生:重度の患者さんが増加しているため訪問診療の内容も最近は高度化していて、疼痛コントロールや腹膜透析等が必要な患者さんで病院から点滴したまま在宅に戻ってくる人もいます。そのような時に病院の薬剤師と対等に打合せができる薬剤師がこちら側にいると非常に助かります。病院の薬剤師と直接やりとりをして、場合によっては「このまま家に帰ってくるのは現実的ではないので、できればこの薬をこんなふうにまとめた点滴にしてはどうですか」といった処方提案をしたりします。
04地域の薬局薬剤師とのネットワークづくり
大橋先生:八田先生は地域の薬局薬剤師とのネットワークもつくっています。地域の若手薬剤師の中にも「もっと医師とインタラクティブに情報共有したい」という先生がいらっしゃるので、勉強会を開いたりしてくれています。
八田先生:地域の薬局には、在宅患者への訪問薬剤管理指導を最近始めてくれたところもあります。そうなると、患者さんも「いつものかかりつけの薬剤師さんが家に来て対応してくれる」ということでとても安心するようです。
大橋先生:私どものクリニックでは、訪問診療のエリアをあまり広げず、川崎市多摩区に限定しています。ネットワークをつくっている薬剤師もそのエリアの方だけで、比較的少人数のつながりの中で自分の知っている薬剤師に患者さんを見てもらうという形にしています。地域の薬局とは互いに顔の見える関係ができています。
八田先生:私は薬剤師会に入っていますので、当番制で休日急患診療所でも働いているのですが、そこで地域の人たちと会うことが非常に大事で、薬剤師が「地域を診る」という意味で自分から地域に出ていくことは必要だと思っています。
市営住宅の団地前に薬局があり、その薬局が土地柄、団地の多くの住民のかかりつけだったりします。その薬局が訪問薬剤管理指導を始めると、住民がハッピーになるのではと思い、地域の他の薬局と協力しながら訪問薬剤管理指導を始められるようにお手伝いしています。地域包括ケアの中で団地全体の健康増進も進めることができ、また、終活・看取り時にどうするかという話もできるようになります。そうした地域住民との強いつながりを基盤とした訪問薬剤師の活動をぜひ進めていきたいと考えています。
05諸外国のプライマリ・ケア薬剤師との比較
大橋先生:米国などでは薬剤師の裁量権が高く、自分で決めてOTCのように薬を出せてしまうので、逆に、日本のように多職種連携をうるさく言わなくても成り立つ仕組みがあります。効率性はそちらのほうが確かにいいのでしょうが、医師と薬剤師が一緒に考えるシーンも希薄になる可能性はあります。日本のほうが医師と薬剤師が一緒にディシジョンする土壌はあると思います。
日本の場合、最終的に処方を決めるのは医師だけれど、意思決定の過程に薬剤師も一緒に関われるというチャンスがあります。そのためには薬剤師の先生方にもっとスキルアップしていただく必要があります。
プライマリ・ケア認定薬剤師制度も、認定薬剤師という称号を取ることではなく、その後、医師の土壌に入って多職種でディスカッションすることが大事です。そのような環境をどうつくるかは学会としても考えなければいけないと思います。
日本はフリーアクセスで、保険証1枚で医療機関に気軽にかかれますが、医師が1人ですべてを考えて対応していくので、いわゆる「3分診療」の中でどうしても適当な処方になるという悪循環に陥る可能性があります。診療の質を担保するために薬剤師が果たせる役割は非常に大きいと思います。
医師と薬剤師の間での濃密な情報共有という条件が担保されれば、私は「リフィル処方」も前に進めていいと思いますが、現状では、薬剤師が積極的に受診勧告できるほどの情報共有はまだできていないと思います。
06医師・薬剤師の院内連携で診療の質を高める
八田先生:クリニックの中で医師と一緒に働く薬剤師は在支診(在宅療養支援診療所)では増えてきていますが、外来中心のクリニックではまだ少ないと思います。
大橋先生:日常診療に薬剤師が介入するとこれだけの効果があるというのは体験してみないと分からないと思います。
「診療報酬の評価がないからできない」とおっしゃる先生がいますが、看護師だって1人増やしたら診療報酬が増えるというわけではありません。プライマリ・ケアをよく知る薬剤師が1人いることで自分の診療の質も上がり、質の高さを維持しながら効率的に患者さんを診ることができるので、きっと始めてみれば分かっていただけると思います。
ただ、そのためには質が担保された薬剤師がもっと増えないといけません。全体的な底上げが図られて、「これぐらいのことができます」と薬剤師側からどんどんアピールしていくことも必要だと思います。
私たちのクリニックに勉強しに来た若い専攻医の先生は、病院に戻った時、病院の薬剤師と連携したいという気持ちが強くなるようです。薬剤師に聞けばこれだけ教えてくれて、これまで1人で悩んで調べていたことが簡単に解決できるということを知っているので、意識はかなり変わるようです。そういう先生が今後少しでも増えていけばいいなと思っています。
(取材日:2023年7月14日 取材場所:多摩ファミリークリニック)