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地域医療の実現のために
感染制御専門・認定薬剤師による
院内・地域への貢献、感染制御戦略の企画・立案
岩手医科大学附属病院
岩手医科大学附属病院感染制御部副部長
小野寺直人先生
[施設情報]
- ・所在地:〒028-3695 岩手県紫波郡矢巾町医大通二丁目1番1号
- ・病床数:1,000床(一般932床、精神68床)
- ・医療機関指定状況:特定機能病院、高度救命救急センター、都道府県がん診療連携拠点病院など
- ・施設基準届出状況:感染対策向上加算1算定など
日本病院薬剤師会が認定する感染制御専門薬剤師は、2006年に誕生し、感染制御認定薬剤師の上位資格として位置づけられています。現在、感染制御専門薬剤師は313名(2022年4月1日時点)、感染制御認定薬剤師は1,045名(2021年10月1日時点)が資格を有しており、その活躍のフィールドは院内に留まらず地域へと広がっています。今回、感染制御専門薬剤師として長年、活動されてきた岩手医科大学附属病院感染制御部副部長 小野寺直人先生にその役割や具体的な業務内容(感染予防・平時対策、地域感染対策連携、災害対策、抗菌薬適正使用支援加算算定に向けた取り組みなど)、やりがい、そして今後の展望などについてお話を伺いました。
目次
01感染制御専門薬剤師に至るご自身の経歴
2004年から特定機能病院の承認要件として専任の院内感染対策を行う者を配置することが定められ、感染制御の重要性が叫ばれるようになりました。同年に私は薬剤部から感染症対策室へ異動しましたが、その頃当院ではICN(Infection Control Nurse、感染管理認定看護師)がおらず 、薬剤師である私が細菌学教室の研修生であったこともあり、専任者として白羽の矢が立ってのことでした。私自身は、感染症対策室へ異動後にゼロから院内感染対策に取り組み始め、現在に至っています。
02感染制御専門・認定薬剤師の役割
●日本病院薬剤師会が定める理念と定義
感染制御専門・認定薬剤師の役割を考えるにあたっては、日本病院薬剤師会が定めた理念と定義を理解する必要があります。感染制御専門薬剤師の理念として、「感染制御に関する高度な知識、技術、実践能力により、感染制御を通じて患者が安心・安全で適切な治療を受けるために必要な環境の提供に貢献するとともに、感染症治療に関わる薬物療法の適切かつ安全な遂行に寄与することを目的とする」ことが掲げられており(表1)、感染制御と感染症治療支援に携わります。医師は主に感染症治療に、看護師は感染制御に特化していますが、両者に関与するのが薬剤師の立ち位置であると考えています。
具体的には、感染制御専門薬剤師が満たすべき11項目が定義として示されており(表1)、これらの実践をめざして活動しています。概要としては、薬剤師ならではの特徴である薬学的観点や科学的エビデンスに基づいて、消毒薬の適正使用を中心とした感染制御に加えて、抗菌薬の適正使用などの感染症治療への支援を行います。また、医師、看護師、臨床検査技師といった多職種からなるチームにおいて、常に薬剤師に求められる立ち位置を考えながら、薬学的な専門性を補完し貢献することが望まれます。
表1感染制御専門薬剤師の理念と定義
- 感染制御専門薬剤師の理念
- 感染制御専門薬剤師は、感染制御に関する高度な知識、技術、実践能力により、感染制御を通じて患者が安心・安全で適切な治療を受けるために必要な環境の提供に貢献するとともに、感染症治療に関わる薬物療法の適切かつ安全な遂行に寄与することを目的とする。
- 感染制御専門薬剤師の定義
-
- ①感染制御に必要な消毒薬、微生物、耐性菌等に関する基礎知識を十分理解していること
- ②感染症疾患の病態と患者特性を十分理解していること
- ③感染症治療等に使用される医薬品の薬理作用、体内動態等を十分理解していること
- ④エビデンスに基づいた感染対策を十分理解していること
- ⑤施設内の感染制御に関わる評価に必要な情報評価ができ、医療関係者への情報提供ができること
- ⑥抗菌薬及び消毒薬の適正使用の推進を図るため患者個々の症状や状況に合った薬物療法や感染対策を医師などの他職種に提案できること
- ⑦適切な薬物療法に関する知識と多くの臨床経験を持ち、患者の感染症治療等を支援し、薬学的管理ができること
- ⑧感染制御に関する情報等を地域の他施設とも共有し、ネットワーク化できること
- ⑨院内感染対策チーム等の一員として、院内感染防止対策に貢献していること
- ⑩感染制御領域に関する研究能力を有すること
- ⑪感染症法等の関連法規を十分理解していること
以上の項目を満たす薬剤師を感染制御専門薬剤師とする。
参考資料1 より引用
参考資料
1)日本病院薬剤師会 : 感染制御専門薬剤師部門. 2022
https://www.jshp.or.jp/senmon/senmon2.html(2022年11月1日閲覧)
●感染制御専門薬剤師と感染制御認定薬剤師の違い
認定試験上は、感染制御認定薬剤師から上位資格の感染制御専門薬剤師へ進むために、学会発表2回以上、論文投稿1編以上を行う必要があります。つまり、認定薬剤師を取得後に十分な知識や経験を得ながら、学会発表や論文投稿によって自らエビデンスを構築し、指導的な立場で活動することが専門薬剤師には求められる点が違いの1つと言えます。
一方で、感染制御業務上は、両者にすみ分けはなく、認定薬剤師には行えず専門薬剤師だけが可能な業務がある訳ではありません。日常的な業務内容はそれほど大きく変わりはありませんが、専門薬剤師には研究や指導を行うことが求められ、特に感染制御に関する戦略を企画・立案することが大事な役割となります。薬剤師は、情報を収集して加工・分析し提供するのは得意ですが、提供して終了してしまうことが見受けられます。自ら感染制御戦略を企画・立案して責任を負って遂行することが、特にこれからの薬剤師には求められると考えています。
03感染制御専門・認定薬剤師の具体的な業務内容
●感染制御専門・認定薬剤師が担う役割 〜感染予防・平時対策、緊急時対策、地域感染対策連携・災害対策
感染制御専門・認定薬剤師が担う大きな役割は、1)感染予防・平時の対策、2)院内感染事例対応・緊急時の対策、3)その他として地域感染対策連携や災害対策という3つが挙げられます(表2)。そのうち平時に実施している活動として、①感染対策ラウンド、②サーベイランス、③抗菌薬適正使用、④教育・研究の4つがあります(表2)。
表2感染制御専門・認定薬剤師の具体的な業務内容
- 1)感染予防・平時の対策
-
- ①感染対策ラウンド
- ②サーベイランス
- ③抗菌薬適正使用
- ④教育・研究
- 2)院内感染事例対応・緊急時の対策
-
- ①予防策の指示
- ②アウトブレイク対応
- 3)その他
-
- ①地域感染対策連携
- ②災害対策
小野寺直人先生作成
●感染予防・平時の対策 〜感染対策ラウンド
当院の感染対策ラウンドは、感染制御専門・認定薬剤師も参画する ICT(Infection Control Team、感染制御チーム)によって、週1〜2回、病棟で感染対策上の問題がないか、実際に院内を歩いて確認します。確認するポイントとしては、まず清潔と不潔を区分けするゾーニングや、感染リスクの高い水回りなどを見ます。
例えば、病棟の衛生処理室には、使用済みの尿器やポータブルトイレ、未使用の物品などが置かれていますが、清潔と不潔が混在して隣り合うなどしていないか、あるいは、水回りは清潔に管理されているかなどを確認します。また、感染性廃棄物が適切に分別されているかを見ます。薬剤師は、主に医薬品に関連する箇所を担当し、ナースステーション内に保管されている医薬品や消毒薬の期限に問題ないか、清潔に管理されているか、蓋が緩んでいないか、注射薬調製台は清潔か、医薬品を保管する冷蔵庫の温度管理は適切か、冷蔵庫内は清潔かなどを見ていきます(図1)。
2014 年には、私が薬剤師部会長を務めていた私立医科大学病院感染対策協議会薬剤師専門職部会において、感染対策ラウンドでのチェックポイントをまとめた「感染対策に携わる薬剤師のためのICTラウンドガイド」(最新版は第2版2))を発刊することになりました。当時、「薬剤師が感染対策ラウンドに行って何をすればいいのかわからない」という声が多かったため、作成することになったものです。このガイドでは、薬剤師は何を確認するか、なぜ確認するのか、どのように確認するのかをまとめており、非常に参考になると思います。
参考資料
2)日本私立医科大学協会 : ICTラウンドガイド第2版【本編】. 薬剤師部会. 私立医科大学病院感染対策協議会関連資料等.
https://www.idaikyo.or.jp/kansen.html(2022年11月1日閲覧)
●感染予防・平時の対策 〜サーベイランス
サーベイランスでは院内感染発生の有無を確認し、通常の発生と比較して増加した場合、アウトブレイクとして介入することになります。具体的には、カテーテル関連尿路感染や血流感染、人工呼吸器関連肺炎などが含まれる医療器具関連感染サーベイランスや、手術部位感染(Surgical Site Infection:SSI)サーベイランスを、看護師が中心となって行っています。一方、手指消毒薬の使用量が減少するとMRSA(methicillin-resistant Staphylococcus aureus、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)などの薬剤耐性菌の検出率が増加することが明らかとなっているため、薬剤師も関与して手指消毒薬使用サーベイランスを実施し、病棟での手指消毒薬の使用量を調査しています。それから、薬剤師が中心となって実施しているものとして、抗菌薬使用量などを調査する抗菌薬使用サーベイランスがあります。その他、微生物サーベイランスは、臨床検査技師が微生物検出状況を調査し、例えば、病棟でMRSAの発生が増加した場合にはすぐに介入することになります。なお、手指衛生の徹底に関しては、特に看護師が力を入れて取り組んでいますが、手指消毒薬の使用量とMRSA発生率の関係などを明らかにするにあたっては、薬剤師による情報・分析という科学的な視点を盛り込みながら看護師の活動をサポートしていくことが大切だと考えており、薬剤師が果たすべき役割と考えています。
●感染予防策の徹底のために感染経路別ゾーニングシステムを導入
当院では、感染予防策を徹底するために感染経路別ゾーニングシステムを 2006年から導入しています。これは、院内において空気感染予防策が必要な区域をAゾーン(黄色)、飛沫感染予防策区域をBゾーン(青色)、接触感染予防策区域をCゾーン(緑色)、標準予防策区域をDゾーン(白色)、汚染物管理区域をEゾーン(赤色)として、各ゾーン内で行うべき具体的な予防策とインデックスカラーを定めています(表3)。院内の個々の場所ではどのような感染対策をとる必要があるのかを、信号機のように視覚的に誰もがすぐ認識できるように、インデックスカラーを用いたゾーンプレートを院内各所に掲示しています(図2)。例えば、病室の入口に緑色のゾーンプレートを掲示することで、誰でもここでは接触感染予防策をとる必要があるとわかる工夫をしています。
表3感染経路別ゾーニングシステムの分類
ゾーン名 | インデックスカラー | 感染経路 |
---|---|---|
Aゾーン | 黄色 | 空気感染予防策 |
Bゾーン | 青色 | 飛沫感染予防策 |
Cゾーン | 緑色 | 接触感染予防策 |
Dゾーン | 白色 | 標準予防策 |
Eゾーン | 赤色 | 汚染物管理 |
小野寺直人先生提供
図2院内におけるゾーンプレートの掲示
Aゾーン、Bゾーン、Cゾーン
小野寺直人先生提供
●感染予防・平時の対策 〜抗菌薬適正使用
広域抗菌薬は、適切に使用しないと耐性菌の誘導や選択を招いてしまいますが、必要なときは十分に使用する必要があります。例えば、重症例において起炎菌が不明な場合は、考えられるスペクトラムの抗菌薬をまずは投与し、血液培養の結果が判明後はその起因菌に効果的な抗菌薬に変更していきます。広域抗菌薬は適正に使用すれば有益ですが、医師も感染症治療だけを行っている訳ではなく、培養を行わずに広域抗菌薬を使うことも多くみられるなど、抗菌薬治療に必ずしも詳しくないこともあるため、抗菌薬使用に関する指針が必要と思われました。そこで、2004年には注射用抗菌薬を独自にレベル分類し、レベルに応じて理由書の提出を義務化した包括的処方管理策を導入しました。抗菌薬を使用する理由を明記してもらうことで 、適正に使用しなければならないことを認識してもらい、実際に使用量を減少させることにつながりました。また、処方履歴カードを作成し、週ごとに処方した医師に履歴を記入してもらい、抗菌薬の継続的な使用状況をひと目でわかるようにしました。その後、現在では、AST(Antimicrobial Stewardship Team、抗菌薬適正使用支援チーム)活動のなかの抗菌薬適正使用対策として、特定抗菌薬使用理由報告書(図3)を作成し活用しています。特定抗菌薬使用理由報告書には、投与対象の患者さんに関する薬剤投与量や培養提出状況、TDM(Therapeutic Drug Monitoring、治療薬物モニタリング)の実施、といった確認事項が定められており、広域抗菌薬の使用時には、まず病棟薬剤師が記入した後に医師が記入して提出してもらいます。また、ASTによる症例検討会を開催するなどしており、以前の包括的処方管理策よりも個々の患者さんの状態を考慮した対策にシフトしています。包括的処方管理策を導入していた当時は、まだ病棟薬剤師がおらず、私と感染対策室長の2人で担当していたため、病院に大勢いる患者さん一人一人に対して適正使用策を指導することはできず、管理的な手法を取り入れていたのですが、現在では、患者さん一人一人に合わせた対策を行っています。
図3特定抗菌薬使用理由報告書、チェックシート
A)カルバペネム系抗菌薬使用理由報告書、B)抗MRSA 薬使用理由報告書、C)抗MRSA 薬チェックシート
小野寺直人先生提供
●抗菌薬適正使用支援加算算定に向けた取り組みを企画・立案
2018年4月の診療報酬改定において、それまでの感染防止対策地域連携加算に加えて抗菌薬適正使用支援加算が新設されましたが、当院では2018年1月頃からその変化を見越して、それまではICTだけでしたが、ASTを立ち上げ組織再編する新たな取り組みを始めました。抗菌薬適正使用支援加算の算定に向けて、組織を作って運用するために、薬剤師が中心になって参加メンバーや定例会の開催、活動方針など運用面を検討して感染制御部規定を策定し立ち上げました。ASTによる活動内容としては、①適正使用体制整備、②モニタリング・フィードバック、③適正使用評価、④教育啓発という4本柱があります(図4)。現在、ASTのメンバーは、医師10名、薬剤師2名、臨床検査技師2名、看護師1名からなる計15名で活動しています。薬剤師としては、私の他に専従薬剤師がもう一人おり、ASTメンバーの中心として、病棟薬剤師の連携、医師との連携に努めています。AST活動を進めるにあたってのコンセプトとしては、①病棟薬剤師と連携をすること、②コンサルテーションの仕組みを作ること、そして、③研修医・各診療科参加型の検討会を開催することを掲げ、関与するメンバーが忙しいなかで実施して良かったと思えるような、臨床に役立ち負担のない活動をしていくことをめざしました。実際に抗菌薬適正使用に関するコンサルテーションを各診療科の医師から依頼された場合、まずASTの専従薬剤師が受けて、病棟薬剤師や臨床検査技師と連携をとりながら対応していきます。専門的な難易度の高い内容については、当院には感染症科がないので、顧問契約をしている感染症医に相談する仕組みです。
現在、国内の感染症専門医は1,688人(2022年10月1日時点)とされ、感染症科がない病院も少なくないと思います。当院も常勤の感染症専門医がいないため、感染症コンサルタントの医師と顧問契約を結んでいます。感染制御に関する問題が発生した際や症例検討会で解決できない問題があるときなどに連絡してコンサルトをお願いし、また、定期的に年2回、来院してもらうとともに、年1回の職員・研修医教育をお願いしています。感染症専門医がいない施設では、症例や教育で解決できない点があれば、常時、相談できる体制を作ることが望まれます。
●感染予防・平時の対策 〜教育・研究
感染制御や抗菌薬適正使用を実践するためには、現役の職員を対象にした研修を行うだけではなく、学生のときから教育していくことが大切です。当院ではICTの全職種が教育・研究に関与し、現在、私も薬学生や医学生の感染症学、感染制御学、感染制御実習などを行っています。
AST症例検討会(図5)は週2回開催しており、研修医や医学生、薬学生にも参加してもらいます。薬学生が対象の場合は、細菌検査室の実習も行い、多職種とのかかわりをもたせるようにしています(図6)。医学生が対象の場合は、臨床微生物の実習を私が担当し、具体的な症例を提示しグラム染色所見から原因菌を推定したり、抗菌薬の選択が妥当なのかを考えてもらうなどしています(図7)。
図5AST症例検討会
小野寺直人先生提供
●院内感染事例対応・緊急時の対策 〜予防策の指示、アウトブレイク対応
平時からサーベイランスを行っていることで、感染者数の増加やアウトブレイクの発生は大体把握することができます。発生時の介入内容としては、予防策の指示として、①手指衛生、②標準予防策、③経路別予防策、④環境整備(消毒)の4つを実践できているかを発生病棟へ行き確認します。その際、看護師は手指消毒・予防策を確認し、薬剤師は環境の消毒を確認するなど分担しています。感染症が拡大しているときは、アウトブレイク対応として、医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師など現場にいるスタッフを集め多職種によるミーティングを実施します。現状を共有し、例えば、手指衛生が不十分なのであれば十分実践するように予防策の強化を行います。当院では疫学解析は薬剤師や看護師が中心に行っており、例えば、症例対照研究などから、処置室を使った患者さんにMRSAの発生が多いといった要因分析をします。そして、その処置室での感染対策はどのように行われているのか、看護師と一緒に現場を確認し、手順に問題があることがわかればピンポイントで介入し、対策の手順を該当部署と一緒に作成していくことになります。
●NICUにおいてスタッフ全員参加MRSAゼロキャンペーンを企画・立案
MRSAが発生しないNICUはほとんどないと言われるほど、NICUにとってMRSA対策は重要な課題です。当院でもNICUにおいてMRSAが継続的に検出されたことを契機に、対策として手指衛生の徹底だけでは十分ではないと考え、2019年6月から2カ月間、よりインパクトをもたせようとスタッフ全員参加MRSAゼロキャンペーンと名づけた取り組みを行いました。米国小児科学会のガイドラインを下敷きにして、エリア別に目標値を設定した手指衛生や、定時に環境消毒を行うクリーンタイムを設けた環境整備、患児の移動制限、教育・啓発という対策をバンドル的に行いました。その結果、MRSA発生数は減少しコントロールすることができました。このようにNICUのようなリスクの高い場所では、掛け声だけではなく、エビデンスに基づいた明確な目標を設定し実行することが大切であると考えています。
●その他の業務内容 〜地域感染対策連携と災害対策
その他の業務内容として、地域において地域感染対策連携と災害対策を行っています。
地域感染対策連携では、3つの中小病院と連携しており、カンファレンスの開催や、手指消毒薬の使用量や耐性菌の発生状況、抗菌薬の使用状況などの調査、感染対策の相互ラウンドの実施、活動報告会の開催などを随時行っており、そのなかで薬剤師も関与しています。
災害対策としては、2011年の東日本大震災での避難所の感染対策を契機に、岩手県が管轄するいわて感染制御支援チーム(Infection Control Assistance Team:ICAT)が立ち上げられました。ICATには、岩手県内にある各施設のICTメンバーが参加して活動しています。東日本大震災では当初は私と感染対策室長の2人で避難所を回っていましたが、広域の災害だったため、2人だけでは限界があり、県内のICTを集めてICATの組織を提案しました。現在は、近年、流行している新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に取り組んでおり、特に高齢者施設でクラスターが発生するとICATが指導に行っています。そして、日本環境感染学会においても災害時感染制御支援チーム(Disaster Infection Control Team:DICT)が設置され 、その後も熊本地震など自然災害が相次ぐなか、活動を行っており、私もこの全国規模の災害時感染制御支援チームの育成にかかわっています。
04感染制御における多職種連携のポイント
感染制御にあたっては多職種の連携が大切ですが、異なる職種間の連携を円滑に進めるためには、それぞれ専門的な領域をもっているので、どこまで踏み込むかに気配りが必要ではないかと思います。手指消毒やアウトブレイク対応に関する場合は、主に担当している看護師が動きやすいように薬剤師はサポート役に務めます。一方で、抗菌薬の適正使用に関する場合は、誰かに任せるのではなく、薬剤師が中心になって汗をかきながら、医師などの他のメンバーから意見をもらいながら取り組むべきと考えます。感染制御の領域では、薬剤師が前面に出るのではなく、看護師の負担軽減のためにフォローするなど、全職種がお互いを尊重しながら協力して活動してくことが大切だと思います。また、頼まれたことは誠実に早めにこなすことも、他職種から信頼されるためには大事ですので心がけています。
05感染制御専門・認定薬剤師としてのやりがい
感染制御専門・認定薬剤師のやりがいは、感染制御部門に専従としている場合と、病棟薬剤師で異なってくると思います。感染制御部門は、病院の管理・運営にかかわる部署です。各病棟へ行き感染対策の指導をして改善をめざすなど、病院全体のマネジメントに寄与することができます。実際の感染制御活動のなかでは、医師や看護師、臨床検査技師、事務職員、リハビリテーションスタッフ、臨床工学技士などの他職種や、健康管理センターや施設課、栄養課などの多数の部署とかかわる必要があるのでダイナミックさがあります。逆に、密なコミュニケーションが必要となり 、苦言を呈されることもあり、大変なこともあります。しかし、病院のポリシーを作り上げていくというとても大きなやりがいを得られると思います。一方、病棟薬剤師は、専門的な知識をもっていることで、例えば、循環器内科病棟において、診療科領域とは異なる肺炎や軟部組織感染症などの感染症が発生したとしても、感染制御専門・認定薬剤師であれば抗菌薬の提案を医師にすることができます。抗菌薬は投与後1週間もあれば治療効果がわかり 、さらなるアドバイスも可能です 。抗菌薬の用法・用量やTDMなどにもかかわることができ、医師や看護師に協力できますので、病棟においても大変やりがいがあると思います。そして、特に、先ほど触れた抗菌薬適正使用支援加算算定に向けた取り組みやNICUでのスタッフ全員参加MRSAゼロキャンペーンのように、感染制御に関する具体的な企画・立案にかかわっていくことがやりがいになると思います。決して簡単なことではありませんが、NICUの新生児を守るために全員が一丸となって取り組める点では、間違いなくやりがいがあると思います。
06地域包括ケアシステムにおける感染制御専門・認定薬剤師の役割
現在、ICATによる高齢者施設における感染対策支援の研究として、5施設を対象に調査を行っています(図8)。これらの施設は新型コロナウイルス感染症のクラスターを経験しており、高齢者施設において感染対策上のどのような問題があるのかを定量的に分析しています。例えば、手指消毒薬の使用量や空気中の二酸化炭素濃度、環境表面の汚染度、クラスター前後でのスタッフの認識の変化などを研究しています。過去には、介護施設における耐性菌の分離率を調査し論文化しましたが3)、病院内だけの対策ではなく、中小病院や介護施設まで裾野を広げていかなくては、耐性菌の対策や新型コロナウイルス感染症のクラスターは解決できないと考え関与しています。
図8高齢者施設における感染対策支援
A、B)施設内換気チェックなどの調査、C)職員向けレクチャー
小野寺直人先生提供
参考資料
3)小野寺直人, 他 : 感染症誌, 90 : 105-112, 2016
07将来的なパンデミック対策において感染制御専門・認定薬剤師に期待される役割
感染制御専門・認定薬剤師の使命は、自分の病院や連携する病院だけではなく、地域における感染対策にあります。なかでも、まず先ほど述べた高齢者施設における感染対策に貢献してほしいと考えています。一般的には、なかなか高齢者施設まで対応する機会が少ないのですが、少しでも目を向けてほしいと思います。そして、小中学校などにも感染制御専門・認定薬剤師が関与してほしいと考えています(図9、図10)。医師は健康管理の面で学校に関与していますが、環境調査や感染対策の面では学校薬剤師が担えることが多くあります。衛生管理は薬剤師の役割とされており、感染制御専門・認定薬剤師として感染対策に貢献できる場面が多いと思います。具体的に現在、学校薬剤師として、また、学校でのインフルエンザウイルス感染症と新型コロナウイルス感染症の発生を減少させるために、岩手県地域医療研究事業として、岩手県内の小中学校6校を対象に感染対策の導入効果について研究を進めているところです。
図9小学校での手洗いキャンペーン
小野寺直人先生提供
図10中学校における感染対策研修
小野寺直人先生提供
08感染制御専門・認定薬剤師、病院・保険薬局薬剤師の方々へのメッセージ
感染制御専門・認定薬剤師の方々には、感染制御の情報を提供するだけではなく、病院のポリシーとなる感染制御戦略の企画・立案をしながら、感染制御専門・認定薬剤師としてのやりがいを体感してほしいと思っています。病院長や病院管理者とかかわり責任は大きいですが、その分、ダイナミックで達成感のある活動を経験できるのでチャレンジしてほしいと思います。
また 、病棟薬剤師には、感染症治療支援は自らの力を発揮できる領域なので、ぜひかかわってほしいと思います。
そして、薬局薬剤師については、今回のコロナ禍によって感染制御において薬剤師が重要な役割を担っていることが明らかになったと思います。コロナ禍での薬局の維持はとても大切であり、感染症が拡大し薬局を閉鎖することになってしまうと患者さんへ薬を提供できないことになります 。感染対策を十分に理解しながら 、患者さんへの感染予防の指導やワクチン接種、抗原検査などにも薬局薬剤師は大きく関与できます。感染制御に関する資格はなくとも、病院薬剤師と連携したり、地域薬剤師会のネットワークのなかで貢献してもらうことができます。それから、学校薬剤師による感染対策や学校教育はとても大切です。学校薬剤師として活動する薬局薬剤師は多いので、この領域においても貢献してほしいと思います。今、岩手県薬剤師会では感染制御領域を私が担当し、新型コロナウイルス感染症に関する勉強会を継続して開催し、ホームページによくあるQ&Aを掲載するなどしてきましたが、薬局薬剤師が感染対策に関与する意義は大変大きく、ぜひこれから多くの方々にこのような活動に関与してもらえることを期待しています。
(取材日:2022年10月7日 オンラインにて実施)