施設の取り組み
埼玉医科大学国際医療センター
がん患者さんと
ご家族・ご遺族の
心をサポートする
精神腫瘍科の役割
埼玉医科大学国際医療センター
目次
01告知の広がりに伴い増えてきた
心の問題に対応する「精神腫瘍科」
HIDEKI ONISHI大西 秀樹氏(埼玉医科大学国際医療センター
精神腫瘍科 教授)
1980年代からがんの告知が広がるとともに、患者さん、ご家族への心のケアのニーズが高まり、サイコオンコロジー(精神腫瘍学)が新しい学問として誕生した。1986年に国際学会が創設され、同年、のちに日本サイコオンコロジー学会となる日本精神腫瘍学会が結成された。現在、日本での会員数は約2,000人と世界で最も多い。全国のがん連携拠点病院の約7割に精神科医が配置されている。
埼玉医科大学国際医療センターは「がん」、「心臓病」、「脳卒中を含む救命救急」という命に直結した3領域を柱に、2007年に開設された。そのがん領域において、身体的治療のみならず精神面でも支援を行うために、日本の大学病院で初めて「精神腫瘍科」が設置された。
「がん」という病気にかかることにより、身体的・精神的な変化が生じる。そのうち精神的な面において患者さん、ご家族をサポートし、納得できる治療を受けられるように支援するのが精神腫瘍科の役割である。
がんは誰でも罹患しうるが、医療が進歩したとはいえ「死」を意識する疾患であることに変わりない。そのため、患者さん、ご家族は治療に対する不安のみならず、経済面、社会面においても多くの不安を抱えたまま、今後のことを考える必要に迫られる。
「告知が広がる前までは胃潰瘍と説明して胃がんの手術をすることもあった時代です。そのような時には心の問題はそれほど出て来ません。しかし告知が一般的になると、患者さんが考え、悩むことが多くなってきました。また、がん治療の進歩に伴い治療期間が長くなってきたことも、心のサポートが必要になってきた理由の一つです。精神的なサポートも医療の進歩についていかなければなりません」と大西氏。
02治療を円滑に行うために必要な
がん患者さんへの心のケア
がん患者さんの約半数が精神的な障害を抱えており、特に抑うつや不眠、不安などを伴う適応障害とうつ病の有病率が高いことが報告されている1)。
「うつ病を経験したがん患者さんが、うつ病を表現するときには『気分が滅入る』などという表現ではなく、とにかく『辛い』と言われます。抗がん剤の副作用とうつ病のどちらが辛いかと聞くと、ほとんどの患者さんがうつ病のほうが辛いと言います。がん性疼痛のほうがまだましだと答える患者さんさえいらっしゃいます。その辛さから逃れるために、死が選択肢に入る。うつ病はそれほど辛いものだと認識していただきたいと思います」と、大西氏はうつ病が患者さんにとっていかに辛い病気かを訴える。
精神状態によって治療の選択ができなくなることもある。乳がんで抑うつがない場合、92.2%の患者さんが術後化学療法を受けることを選択しているが、抑うつがある患者さんではその割合が51.3%と4割程度低下するとの報告もある2)。これは抑うつにより治療に対する意欲が失われているためであると考えられる。また、血液がんでは入院期間が延長すること3)、うつ病があると自殺率が上昇すること4)なども明らかとなっている。
「がん患者さんの心のケアの必要性は、精神腫瘍医だけが知っていれば良い問題ではありません。医師、看護師などすべてのスタッフ、そしてご家族を含め患者さんに携わるすべての人に知っておいていただきたい問題です」(大西氏)。
がん患者さんの心のケアは、がん治療を円滑に進めるために行われる。
「適応障害ならば患者さんの話を聴くことで問題点を見出し解決する精神療法、うつ病と診断されれば多くの場合、抗うつ薬による治療を行います。これらの治療により精神症状が安定してくると、患者さんはがん治療に戻っていきます」と大西氏。精神症状の改善は適切ながん治療を受けてもらうためには必須であり、がん患者さんの心のケアの重要性が窺える。
03患者さんとご家族を1単位ととらえ
両者のケアを行う家族外来
埼玉医科大学国際医療センターでは、がん患者さんのご家族やご遺族を対象とした「家族外来」と「遺族外来」という2つの外来も設けている。患者さんのご家族もまた、心のケアを必要としているケースが少なくないからだ。
まず、家族外来を始めたきっかけは、大西氏が胃がんの患者さんの治療に携わっていた時に、担当看護師が「看病されている奥様があまりにも疲れすぎていて様子がおかしい」と相談してきたことだ。そこで診察すると適応障害であることがわかった。しかも、ご自身も半年前に乳がんの手術を受けていたのにもかかわらず、夫の看病のため術後化学療法を受けていない状態であったという。
家族外来に来られる方は、ほとんどが院内の治療スタッフからの紹介である。家族は精神的に辛い思いをしていても、「がんのほうが辛いのだから自分が弱音を吐くわけにはいかない」と考え、自分から訴えることはしないからだ。ご家族がうつ病になり、患者さんより具合が悪いのに我慢して看病しているケースもあるという。しかし、「家族が疲れてしまい1週間寝込んで看病ができなかった。もし患者さんがその後亡くなってしまったら、ご家族の後悔となってずっと残ります。ですから、家族外来の目的は、ご家族が継続的に患者さんの看病ができるようにすることにあります。我々は、患者さんとご家族を1つの単位としてとらえています。その単位が壊れないように、がん患者さんの治療はもちろん、ご家族の心身の健康もサポートしているのです」(大西氏)。
家族外来では、ご家族の苦悩を和らげるためのサポートを行う。精神的なケアや治療はもちろん、患者さんがこれからどのような治療を受け、心身の状態や機能、容姿などがどのように変化していくのか、その時の対応はどうすれば良いのか、予め知っておくことで慌てることがないように具体的にアドバイスを行っている。
04人生最大のストレスである死別
社会への再適応を促す遺族ケア
一方、遺族外来は、大切な人を亡くした悲しみに翻弄されずに自立した生活が送れるようになることを目的とする。ご遺族の話を受け止め、故人のいない生活に適応していくための支援を行う。「モルヒネを投与したから亡くなった」「鎮静を選択したから死期が早まった」など、治療に関する誤った知識や誤解に基づいて後悔を抱える家族には、正しい知識を提供し後悔の元を修正する。
現在までの遺族外来の受診者数は約300人。そのおよそ9割は、同センター以外で治療されていた患者さんのご遺族で、全国から訪れる。これは、辛かった時のことを思い出す「記念」となる場所は避けたいという「記念日反応」のためだ。高齢者において死別はうつ病発症の最大のリスクファクターであり5)、同センターでも遺族外来を受診される方の約4割がうつ病と診断される。大事な人を亡くしたのだから辛いのは当然と考えてしまい、うつ病を見逃すことがないように注意する必要がある。多くの方が死別の悲しみに加え、うつ病の苦しみと二重の苦悩を背負っているのである。しかし、遺族に対するケアは日本ではまだ十分に普及しているとは言いがたい。同センターの遺族外来も約2ヶ月先まで新患の予約で埋まっており、心のケアを必要とするすべてのご遺族に十分なサポートを提供するのは難しい状況にある。
遺族へのケアは実際には4つのレベルがあるという。まず第1段階は、家族や友人による対応。この段階では、遺族を励まそうとして逆効果を生んでしまう「役に立たない援助」があることも知っておく必要がある。例えば、「こうするべきだ」との指示や「頑張って」など回復を鼓舞すること、「がんだったから一緒に過ごせる時間があった」という、自殺や事故など他のケースでの死別との比較、「気持ちは分かる」という安易な心情の理解などである。第2段階は遺族会など希望者が参加する組織的対応、第3段階は看取りや生前に関わった医療関係者による悲嘆反応への対応や精神疾患の鑑別などである。そして第4段階は、精神科医や臨床心理士などによる診断や治療、自殺予防など、専門的な知識や技能を持って行われる最もレベルの高い援助となる。
「私たち専門医が関わらなければならないご遺族はごく一部ですが、それぞれの段階に応じたサポートをしていくといった役割分担はもっと広がってほしいと思います」と、大西氏はより広い遺族ケアへの対応に期待を寄せる。
さらに、大西氏は死を考えることで生がより充実したものになると説く。「人は誰でもいつかは死にます。ですから私たち自身が日頃から生と死の問題に取り組むことが大事です。医療従事者は死に触れる機会が多いため、それに慣れてしまうと自分が予想もしなかったシビアなケースに遭遇した時にバーンアウトしてしまい、ケアを提供できなくなってしまいます」。
その言葉通り、同センターでは毎月第二水曜日の夕方から、地域の医療者や福祉関係者を対象に「死生学勉強会」を開催し、これまでに110回を数えている。多いときは70~80人が参加し、その関心の高さが窺える。
05患者さん・ご家族の変化に気づき
専門医につなぐチーム医療
がんに付随する精神的な問題は、その多くが担当医や看護師が患者さんやご家族の「なにか変」というちょっとした変化に気づくことが、精神腫瘍科が介入するきっかけとなっている。精神的な問題を抱えていても、身体症状に隠れている場合もある。その「なにか変」に気づくためには、患者さんの話をよく聴き、病態だけではなく生活背景や嗜好などさまざまな情報を知り、その人の全体像を把握することが基本となる。
ただし、「患者さんから話を聴くときは、告知からの精神状態の動きを知識として知っておく必要があります」(大西氏)。
告知直後から1週間程度は最も落ち込む衝撃の時期、その後の1週間は徐々に状況が見えてくるが抑うつや不安を抱える時期、それを経た約2週間後から徐々に日常生活に適応する時期となる。その経過から逸脱が見られると適応障害やうつ病の可能性が考えられる(図)6)。
また、患者さんがどの時期にいるかによって、会話や答えが変わってくることがあるため、このような知識を持った上で聴かなければ間違った判断に繋がる危険性もある。さらに、質問は基本的にオープンクエスチョンで行う。「熱はありますか?」など、答えが限定されるクローズドクエスチョンでは、患者さんが本当に話したいことが話せないし、多くの情報が得られないからである。
「患者さんは医師が忙しいことを知っているため、質問したり話したりすることを遠慮してしまいがちです。『話を聴きます』という姿勢を示すことも大切ですが、担当医が多忙なのも事実なので、特に外来では、担当医に聴きたいことを1点だけメモしてくることを患者さんにはすすめています。よく話を聴いて患者さんの普段の全体像から逸脱した『なにか変』を感じとったら、自分で抱え込まずに専門的な対応ができるスタッフに繋いでほしい」と気づいた先にある専門医へのアクセスが重要と大西氏は話す。
今やがん治療にチーム医療は不可欠であるが、心のケアについても同様である。それぞれの職種がその領域の最新の知識と技術を持って協働することで、より質の高い医療を提供することができる。
06人はいつでも成長できる
その潜在能力を引き出すサポートを
精神腫瘍医として、がん患者さん、ご家族、ご遺族の精神面のサポートを行う大西氏が、予想を上回る人の能力に感嘆することがある。トラウマを負ってもプラスの方向に転化させ成長を遂げる、「心的外傷後成長」である。
「コーラスをされていましたが舌がんで声がうまく出なくなった患者さんがいました。最初は辛い思いをされていましたが、その患者さんは歌えなくなったことを嘆くのではなく、じゃあ自分にできる他のことはなんだろう、しかも人に喜んでもらえることはなんだろうと考えるようになりました。今はペーパーフラワー作りを始め、老人ホームなどに持って行っているそうです。私も1つ花束をいただきました」大西氏は誇らしげにその花束を抱える。
また同センターではがんが再発した患者さんを対象に、月1回「集団精神療法」を行っている。そこでは患者さんが数人集まり、大西氏と臨床心理士の同席のもと、和やかな雰囲気で話し合いが行われる。自分のことを「話す力」、人の話を「聴く力」をつけてコミュニケーションをとり、「考える力」を養い、自分の人生を最期まで設計してもらうための同センター独自の取り組みである。
「再発を告げられた時のショックは初発の時よりはるかに大きいものです。でも最初は泣いてばかりいた人が、会のリーダーになっていったり、残された短い人生の目標を立てたりされています。先日は最後だからと挨拶だけに来られた方もいました。どんな時でも人は成長できる。本当にすごいことです」と大西氏は驚きと感動を隠さない。
たとえがんであっても、それを受け入れ、さらに人は成長することができる。精神腫瘍医としてそのサポートをしていきたい̶実際にその成長を目の当たりにしている大西氏の熱い展望である。
文 献
- 1)Derogatis LR et al: JAMA. 1983 Feb 11;249(6):751-7
- 2)Colleoni M et al: Lancet. 2000 Oct 14;356(9238):1326-7
- 3)JM Prieto et al: JCO. 2002 20(7):1907-17
- 4)Breitbart: Oncology. 1987 Apr;1(2):49-55.
- 5)Cole MG et al: Am J Psychiatry. 2003 Jun;160(6):1147-56
- 6)Massie, M. & Holland, J. (1989). Overview of Normal reactions and prevalence of psychiatric disorders. In Handbook of Psychooncology, Holland, J. & Rowland, J. (eds.), p273-282, New York: Oxford University Press.