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施設の取り組み
地方独立行政法人 大阪府立病院機構 大阪国際がんセンター

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がん患者さんの栄養と
食事をチームで支える
「栄養腫瘍科」

地方独立行政法人 大阪府立病院機構
大阪国際がんセンター

01がん治療の充実のために
立ち上げられた「栄養腫瘍科」

飯島 正平氏 画像

SHOHEI IIJIMA飯島 正平氏(栄養腫瘍科 主任部長/消化器外科 副部長/心療・緩和科 部長/緩和ケアセンター長/栄養管理室長)

1959年に大阪府の成人病予防業務の一環として設立された大阪府立成人病センターは、2017年3月に「患者の視点に立脚した高度ながん医療の提供と開発」を理念に掲げ、先進的ながん治療と研究を行う大阪国際がんセンターとして生まれ変わり、その一環として全国でも例を見ない「栄養腫瘍科」が先行して立ち上げられた。栄養状態の維持は優れた治療効果を得るためには必須の用件であり、その担い手の一つとしての栄養サポートチーム(NST)の活動を独立した診療科の活動の一部として位置づけることで、がん患者さんへの栄養管理を重視する同病院の姿勢がみてとれる。また直接疾患を担当する診療科に属さない独立した診療科として活動することで、より客観的で適切な判断が可能になると、栄養腫瘍科主任部長の飯島氏は話す。

現在のNSTは診療報酬制度(栄養サポートチーム加算;NST加算)に則った形で活動しており、診療を担当するプライマリーチーム(主治医や病棟)による栄養スクリーニングや依頼に加え、専門性のあるNSTが栄養視点で評価した対象者を抽出する。これは、診療報酬制度においてNST加算は「NSTが栄養治療により改善が見込めると判断した患者」を算定対象者として求めているためであり、血液検査値や体重変化などの数値で画一的に判断が難しい栄養状態の評価を、より専門性のある職種の連携で担当し、漏らすことなく拾い上げることにつなげている。実際には食事の摂取状態や栄養治療の状況から今後の病状変化を考慮し、変わりつつある栄養摂取手段の今後を予測しつつ総合的に判断するのだが、どうしても厳しい病状の症例が含まれる。そのような場合では多方面からの長期的な対応が求められるため、プライマリーチームと栄養の視点で関与するチームの連携の意義は大きい。
栄養腫瘍科は、ほかにも病院食や栄養食事指導を担当する栄養管理室と食に関する臨床研究を主導する臨床栄養委員会(外部委員も含む)を統括している。

02先を読み、治療の継続をサポートする
栄養腫瘍科の役割

先を読み、治療の継続をサポートする栄養腫瘍科の役割 画像

さらに前出の「栄養治療により改善が見込めると判断した患者」については、単なる重症例への関与だけでなく、栄養状態の悪化予防目線での要素が込められている。栄養状態が悪化してしまうと、改善までには時間と労力が必要で、患者さんへの負担も大きい。また改善までの期間は治療への悪影響も懸念される。治療が開始されたら、栄養状態を悪化させないことは最重要事項である。NST加算が評価された2010年診療報酬改定時の疑義解釈でも予防的要素の具体的な症例が提示されている。たとえば、抗がん剤治療による副作用や脳卒中による摂食嚥下障害の存在により経口摂取が低下し栄養障害をきたす可能性が高いと予想される患者、あるいは、食欲低下により栄養治療を実施しなければリハビリテーションの効果が十分に得られない可能性が高いと判断できる患者等が示されている。つまり、「栄養」に関し、現状で栄養障害が認められる場合はもちろん、これからの治療により栄養状態が悪くなると予測される患者さんに対し、予防的に栄養管理を行い、医原性栄養不良を来たさないよう努めることが求められている。

「特にがん治療は、食欲不振や悪心・嘔吐、口内炎などの抗がん剤の副作用により経口摂取が減少し、少しずつ栄養状態が悪くなるリスクを多分に孕んでいます。経口摂取の減少を当たり前の経過ととらえるのではなく、治療計画の中で包括的に対応するよう、それぞれの時点での対策を実施します。さらに、ゆっくりと摂取量の減少がみられる場合は治療が進む過程で把握しにくいので、順調な経過に見える場合であっても定期的な栄養評価は欠かせません。そして、治療中に発生した栄養障害は計画したがん治療の中断・中止につながります。」(飯島氏)。
また、高齢者に多い誤嚥性肺炎については、繰り返し発症することがある。そのたびに肺炎治療が実施されるが、その時々で摂食嚥下障害への対応が重要である。毎回の肺炎治療では抗菌薬などの投与により一旦は回復するが、原因として摂食嚥下障害の存在が懸念される場合これを改善しなければ、誤嚥性肺炎を繰り返すことになる。このようなケースでは、すでに摂取量の低下が背景にあり、入院の度に絶食期間が存在し、栄養不良は水面下で悪化、フレイル症状と並行して、何らかのきっかけがないと表面化しないことが多い。そして、摂食嚥下障害が高度であれば退院時の摂取量は段階的に減少してくるため、栄養状態はさらに悪化する。治療ごとに担当する医療機関や主治医は異なる場合もあり、どうしても一般的治療としてマニュアルやクリニカルパス等などで対応し、絶食期間が存在する。患者さん自身にとっては背景を考慮した継続性のある治療が必要であり、チームで対応することの重要性を医師の負担軽減の点からも飯島氏は強調する。
「同じ病名の入院患者さんでも、併存疾患や治療開始までの経過と今後の治療はさまざまです。併存慢性疾患は治療経過に影響することが多く、その個別性に沿った栄養治療を実施するためには、薬剤師、看護師、管理栄養士をはじめ、関係するすべての職種によるチームでの対応が必要不可欠です」(飯島氏)。

03入院での栄養管理では、担当する範囲が広い

一般に「栄養」といえば、経口摂取や輸液・経腸栄養などを介した投与する量が多い栄養素投与のことと捉えられがちであるが、入院中では電解質を含む水分管理や必須の栄養素(微量栄養素、ビタミン、脂肪酸やアミノ酸)を含めた広義の「栄養」を評価することが重要だと飯島氏は強調する。またその際には血液検査値を参考にするが、既存の基準値に対する数値の逸脱だけを見るのではなく、過去の数値からの変動をみることが重要で、たとえ基準値内であっても数値が変動していることはあり、変化を読むことで参考になる。

「入院治療中の栄養状態を評価するために血液検査は必須です。栄養指標となる検査値に加えて、必ず血球系、腎機能、肝機能、電解質を確認しています。例えば検査値のなかで腎機能の指標として知られている血中尿素窒素(BUN)は窒素を含むタンパク質の代謝動態を観察するには非常に優れています。BUN高値の場合、その原因を考えるのですが、外傷で組織が損傷しても、消化管出血で消化管に大量にタンパク質が放出されても上昇します。そして、栄養関連では、飢餓状態になって体タンパク分解が亢進されても上昇しますし、一方でタンパク質の過剰摂取(投与)でも上昇します。数字で検査値だけを判断するだけでなく、患者さん個々の病状を紐づけて、総合的にみることが重要です」(飯島氏)。
さらに、併存疾患のために入院前から服薬していた薬剤は持参薬として扱われるが、入院治療を担当する診療科の専門外領域の薬剤も珍しくなく、その薬剤の作用機序や注意点をすべて把握しているとは限らないため、薬剤師の役割は大きい。単純に入院後も持参薬を一律継続とするのではなく、病状に合わせて処方の継続の判断をする必要がある。特に脂質異常症や糖尿病などの過剰栄養に関連する薬剤は、経口摂取量が減少している場合には過剰摂取ではなくなるため、服薬が不要になることがある。また一部の薬剤ではその作用機序が合併症対策には逆に作用する場合もある。例えば、化学療法でシスプラチンを投与している場合、血清ナトリウム値がよく低下する。これはシスプラチンによる腎障害を予防するために多くの水分を投与するが予定の尿量が確保されず水分が蓄積することによる希釈が化学療法開始直後に起こることで発生する。さらにシスプラチンにより尿細管障害が発生すると、腎臓でのナトリウムの再吸収が障害されるために排泄量が増えることも原因と考えられる。ここで、降圧剤のアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)が併用されていると残存尿細管ではARBにはナトリウムを排泄させる作用があるので、さらに血中ナトリウム値は低下する。この場合、ナトリウム値の低下は摂取不足とは限らないため、安易にナトリウムを追加するのではなく、患者さんの受けている治療と水分管理状況に加え、併用薬と尿中電解質排泄量を考慮したうえで、水分管理も含めた電解質管理に努めるべきである。

このように、「がんを治療している医師が、専門外の薬剤の薬理作用まで考慮したうえで電解質を含めた患者さんの栄養状態を評価することは難しく、ここに輸液のエキスパートであるNSTが専門性を活かして関われば、広義の栄養管理の方向性を担当医に提供することができます」と飯島氏は担当医との連携と役割分担の重要性を説く。

04患者さんの生活背景を聴取し個々に応じた指導を

松岡 美緒氏 画像

MIO MATSUOKA松岡 美緒氏(栄養管理室 管理栄養士)

がん治療においては、多くの患者さんに抗がん剤や手術による食欲低下や食事量の減少がみられ、中には食事に対する不安や、食べなければいけないというプレッシャーを抱える患者さんも少なくない。
「食事は楽しみでもあるので、あれはだめ、これはだめという制限する指導はしません。例えば、胃の手術をするとどうしても一度に食べる食事量が減少しますが、『1年くらいでほぼ元通りの食生活ができるようになります』と最初にお話し、『それまでにどんな食生活をするのか』や『今はこれに気をつけた方がいいですよ』と、前向きな説明で不安が強くならないようにします。」と飯島氏。

さらに栄養管理室管理栄養士の松岡氏は、「食事は1日3回で、バランス良くしなければいけないと考え、病状から食事がうまく進まない時に食事そのものが苦痛になっている方もいます。食事はこうあるべきという発想にこだわる必要はありません。その時の体調に合わせて、時には補助栄養にも頼りながら、できることから順に取り組んでもらうようにお話し、食事が治療上のストレスにならないようにお話しています。」と患者さんのメンタル面に向き合う。

また、大阪国際がんセンターは、関西だけでなく西日本を中心に広域から患者さんが訪れる。そのため、生活環境や社会環境はもちろんのこと食文化の違いにも注意が必要である。
「食文化は地域によって少しずつ異なります。同じ食べ物を指していても大きさや食べ方が異なる場合があります。また、都市部と離島や山間部では食料品店の数や自宅からの距離といった食事に関する環境が大きく異なります。食事の指導では、患者さんのこれらの背景を考慮したうえで現実的な方法の提案を行うようにしています。過去に、患者さんと塩分調整の話をしていた際に、それぞれの考えているちくわ1本の大きさが全く異なっていたことがあり、気が付いたときにお互いにとても驚いたこともありました。」と松岡氏は過去の経験を苦笑まじりに披露する。
患者さんの食事に関する悩みをくみ取り、病状や生活背景に併せて実践可能な方法を提案することも栄養状態を維持するための重要な取り組みの一つである。

05課題はシームレスな栄養管理を実現する地域連携

退院した患者さんは在宅での療養に移行するが、その際に普通の食事ができる状態であるとは限らない。そこにもNSTの役割が存在する。
「在宅では病院と同じように栄養管理をすることは難しいので、より簡便な形で遂行できるようにアレンジしなければなりません。また、さまざまな医療サービスを受けている患者さんでは、食事以外にも経腸栄養の知識を持つ看護師、輸液については薬剤師、摂食嚥下障害があれば訓練のための言語聴覚士など、在宅においてこそ言わば個別のチームを構成して対応するべきです」(飯島氏)。
NSTは在宅で患者さんの栄養管理がスムーズにできるように、入院中に気づいた注意すべき点やそれらに対応するノウハウなどを在宅のスタッフに共有している。

「栄養管理は効果的な治療の基礎としてシームレスに行われるべきものです。しかし、現在は治療や療養の場が変わればNSTが継続してサポートを続けることが難しい制度となっています」と飯島氏は現状の問題点を指摘する。その上で、「制度の整備を待つのではなく、今、そして将来において患者さんが必要な治療を十分に受けられるようにしなければなりません。そのためには、治療において栄養が重要なものだという認識の浸透と栄養サポートを継続的にできるような地域の連携が必要だと考えています」と締めくくった。


2018年2月取材

美味しくて健康的な食事を提供する
レストラン「ひなた」の試み

大阪国際がんセンターでは新病院の建替に伴い、レストラン「ひなた」が開設された。一汁三菜をベースとした飯島氏監修のオリジナルメニューがある。心臓や血管の病気が少ないことで知られている世界遺産の地中海式食事を和食にアレンジしたものである。この地中海式食事はがん予防にも有効との科学論文が複数発表されており、主菜はオリーブオイルで調理したシーフードを中心に、ご飯には全粒穀物を使い、野菜や果物等も取り入れた健康的なメニューである。 レストランでは病院内という特徴から、検査のため朝食を食べずに通院される方のために、検査後の摂取を想定した3種類の朝食メニューを朝8時から提供、11時以降は食事メニューはもちろん、数種類のスイーツも用意されている。
「そもそも食事は美味しくて楽しめるものでないといけません。病院に来られる方に健康を意識していただこうと考え、医学的に心血管系疾患による死亡率を低下させることなどが示されている地中海式のメニューを考えました。病院で提供する以上、美味しく健康的、しかも価格もある程度抑えられるように考えています」(飯島氏)