施設の取り組み
社会医療法人博愛会 相良病院
乳がん診療の
「へき地」をなくし
女性をヘルスケアの
視点からサポート
社会医療法人博愛会 相良病院
目次
01鹿児島県で質の高い乳がん診療を提供し、
全国初の特定領域がん診療連携拠点病院に
YOSHIAKI SAGARA相良 吉昭氏(社会医療法人博愛会 相良病院 理事長、さがらウィメンズヘルスケアグループ代表)
乳がん診療を専門とする社会医療法人博愛会相良病院は、鹿児島県の人口の3分の1が集まる鹿児島市の中心市街地に位置する。同法人の理事長を務める相良吉昭氏は、「当院は1946年に外科医院として開業し、しばらくは複数の診療科を掲げていました。ところが当時、鹿児島ではあまりにも乳がん医療が遅れていたため、73年に九州地方初のマンモグラフィを導入し、乳腺外科の専門的な診療を始めたところ、口コミで評判が広まり患者さんが集まるようになった、と父である先代の理事長から聞いています」と沿革を語る。その後、乳腺センターの併設(92年)を契機に乳がんに特化した診療体制へと移行し、以来、質・量ともに鹿児島県の乳がん診療に多大なる貢献を果たしてきた。
現在、同法人は乳がんや甲状腺腫瘍、婦人科疾患の手術や治療、入院機能と緩和ケア病棟を備えた『相良病院』、乳腺科の専門外来『相良病院附属ブレストセンター』、画像診断や放射線治療を行う『さがらパース通りクリニック』、さらに女性特有の疾患全般を扱う専門外来『さがら女性クリニック』の4施設を運営。乳がん検診、診断、治療、術後のフォローアップや緩和ケアに加え、婦人科や甲状腺科、女性内科などを設け、「女性医療」の視点から幅広い取り組みを行っている。
相良病院における乳腺科の手術症例数は2013年に616、16年には697を数え、国内でも有数の手術件数を誇る。これは同時に、鹿児島県の乳がん症例の圧倒的なシェアを獲得していることを意味する。そうした治療実績や充実した診療体制が評価され、14年8月には、現在でも日本唯一の『特定領域がん診療連携拠点病院』に認定されている。
ただし、ここに至るまでの道のりは決して平坦ではない。
同院は当初、二次医療圏に一ヶ所程度設置される地域がん診療連携拠点病院の指定を目指したが、それには乳がんのほかに肺・胃・肝・大腸がんの治療実績が求められるため、やむなく断念。まずは、13年3月に「特定のがんについて、集学的治療及び緩和ケアを提供する」施設として、鹿児島県が独自に設けていた特定領域がん診療指定病院(乳がん)の認定を受ける。
だが、指定病院と拠点病院との違いは、診療報酬上の優遇措置や補助金額だけではない。相良氏がとりわけもどかしさを感じていたのが、「がん医療に関する提言を行う機会が与えられるなど、拠点病院でなければできないことがたくさんある」ことだった。そこで、「制度そのものを変えるしかない」と、厚生労働省に幾度も足を運んだ。
「5大がんを幅広くより深く手掛けることは理想ではありますが、拠点病院のすべてが5つのがん種において同じようなクオリティを保つことは現実的ではありません。それならば、特定の領域において質の高い診療を提供している施設もがん拠点病院として認めて欲しいと、厚労省の担当者と話し合いを重ねてきました」と当時を振り返る。
通常であれば先に制度があり、その要件に合致するよう自施設の体制を整えていく。ところが相良病院は、扱うがん種を限定している点を除けば、拠点病院に求められる要件をすべて満たしていたため、「むしろ拠点病院にはこのくらい厳しい条件を課すべきでは?」と逆提案をすることに。その熱意と誠意が実を結び、14年1月の「特定領域がん診療連携拠点病院制度」の新設に至り、同年8月に相良病院は全国初で唯一のがん拠点病院に認定される。
実は、相良病院が経験する
<全国初>はこれだけではない。
同院は『相良病院附属ブレストセンター』という外来施設を持つが、これは医療法における病院等の広告規制に定める「当該医療機関が当該診療について、地域における中核的な機能、役割を担っていると都道府県等が認める場合」として、施設名に『ブレストセンター』を用いることを許された全国でも初めてのケースなのだという。
02メンタルケアや生活・就業支援などを充実させ、
患者さんを包括的にサポート
実際、相良病院ではどのような治療やサポートを受けられるのだろうか。
乳がんの疑いで受診に至るきっかけは、離島を含む県内を巡る検診車で偶然見つかった、自治体検診や職場検診で異常を指摘された、自覚症状があったなどさまざまだ。
「外来を受診した時点で、必要な検査をして診断をします。診断をして、さあ、手術をしましょうではなく、この段階からさまざまなサポートが始まります」(相良氏)。
たとえば、ホルモン療法や抗がん剤といった乳がんの薬物治療は、妊孕性に影響を及ぼす可能性がある。そうしたリスクをあらかじめ説明し、挙児希望の若年の患者さんには、卵子凍結保存なども実施している。家族性乳がんが疑われる場合には、専任の医師や看護師による遺伝カウンセリングや遺伝子検査を受けることも可能だ。また、乳房を温存することが難しいと考えられる場合には乳房再建という選択肢を示し、希望者には形成外科医による同時再建(一期再建)や異時再建(二期再建)にも対応する。
がんを告げられ動揺する患者さんが情報を求めて右往左往したり、間違った選択をしたりしないように、どのような治療があり、それによって何が起こりうるかを伝えるとともに、それに対し可能な限りの対処法を用意し、患者さんが自由に選択できるようにしている。
また、相良病院は早くから、がんの患者さんの精神的なケアの必要性に着目し、取り組みを行ってきたことでも知られる。患者会や患者サロンは今でこそごく当たり前に存在するが、同院は30年以上も前の1985年10月に乳がん体験者の会つどい『いずみ』を院内に立ち上げている。まさに、ピアサポートのさきがけ的存在だ。
さらに昨今は、患者さんやご家族を対象とした年間プログラム『乳がん集中講座』やがん治療中の親を持つ小学生を対象としたサポートプログラムを提供するほか、就労支援にも積極的に取り組んでいる。社会保険労務士やソーシャルワーカー、公共職業安定所の就職支援ナビゲーターによる相談事業を行うなど、活動の幅はさらに広がる。
「私たちは、女性の一生にかかわる――という観点から、がんになったこと、あるいは治療によって起こりうる苦痛や課題にしっかりと向き合い、共に解決していきたい」と話す。
03専門病院として乳がん医療の向上に寄与し、
社会医療法人として離島の医療を守る
乳がんは固形がんのなかでとりわけ経過が長い。手術や放射線治療などの初期治療を終えたあとも、長い期間、再発を防ぐための治療を続けたり、経過を注意深くみていく必要がある。通院が容易な地域に住む患者さんであれば附属のブレストセンターで定期的にフォローアップしていくが、何しろ鹿児島県は離島が多く、高齢者も多い。
「離島から高齢の患者さんが飛行機に乗ってわざわざ相良病院に来なくてもすむように、島でも乳腺外来を開いています」(相良氏)。
鹿児島県は、鹿児島湾(錦江湾)を挟んで薩摩半島と大隅半島とに大きく分かれる。離島の数に至っては605と、長崎県に次いで全国で二番目に多い。相良氏らは、2002年頃から乳がん検診バスで県内の自治体を巡回するなかで、へき地・離島の医療が十分に行われていない現実を目の当たりにした。そこで、へき地診療支援室を開設し、09年11月、上甑島(かみこしきしま)の診療所へ医師を派遣して一般内科の診療をスタートさせた。
社会医療法人の認定を受けた11年4月以降は、次なるステップとして、専門領域である乳がん診療での地域貢献に着手。まずは、陸続きながらアクセスの悪い霧島で、そして13年9月からは離島で本格的に乳腺科特別診療外来を開始し、奄美大島を皮切りに、自治体からの要請を受けて、徳之島、沖永良部島、与論島や屋久島と診療の場を広げていった。外来頻度は2週間に1~3日と島ごとに異なるが、離島やへき地に住む患者さんも、相良病院で手術や放射線照射などの急性期治療を受けたあとは地元に戻り、普段の生活を続けながら抗がん剤やホルモン療法などの薬物療法や定期的なフォローアップを受けることができる。また、検診で精密検査が必要だといわれた人が、診断がつくまでに島と病院を何度も行ったり来たりしないで済むよう、定期的な乳腺外来のない島で『要精査外来』を開くこともある。
たとえば甑島列島までは、鹿児島中央から川内まで新幹線で10分強、そこからフェリーで1時間半ほどかかる。時化で行けないときもあれば、帰って来られないときもある。
「設備の整った診察室でただ患者さんを迎え入れるのではなく、これまで専門的な治療が受けられなかった場所に出向いて行って<都市部では当たり前の医療>を届けることが、がん拠点病院としての私たちの役割であり、離島に住む方々に医療を保証し、島での生活を支援することが社会医療法人としての私たちの責務だと考えています」と語る。
同法人は14年11月、鹿児島県のへき地医療拠点病院の指定も受けている。甑島列島では、高齢者が島を離れる一番の理由である骨折や転倒を予防するために『ロコモ外来』も始めた。さらに、17年6月からは相良病院から医師を一名派遣し、常駐する予定だ。
044つの病院の機能を一ヶ所に集約し、
女性医療のあるべき姿を世界に向けて発信する
相良病院の医師は医局からの派遣ではなく、すべて直接採用だ。そのため、患者さんの多くが、周辺の医療機関からの紹介ではなく、自ら選んで相良病院を訪れる。その結果、どの領域においても、逆転不能の絶対的シェアは4割といわれる中、相良病院の県下における乳がん症例数は約7割と圧倒的なシェアを獲得している。しかし相良氏は「7割という数字に甘んじることなく、なぜ3割の患者さんは私たちの病院を選ばないのか、その理由にこだわりたい」という。患者満足度を大切にするその姿勢は、評判の良くない医師は外来に出さないほどの徹底ぶりだ。
現在、2020年の開業を目指して、市内にある4つの医療施設を一ヶ所に集め、地上12階と5階建の2棟からなる新病院に生まれ変わる計画が進行中だ。
「4施設の機能が集約されることで、利便性が高まり効率もアップします。また、乳腺科、婦人科、甲状腺科など女性に必要な診療科を揃え、早期発見から診断、治療、アフターケアに至るまで総合的かつ継ぎ目なく提供できる<次世代型の女性医療のモデル>を構築し、私たちの取り組みを世界に向けて発信したい」と相良氏は展望を語る。
今後も乳がんの罹患率は高まる見通しだが、鹿児島市を含む鹿児島県の人口は減少傾向にあり、いずれ患者数も減少に転じる。同法人はすでに、医療法人ブレストピア(宮崎)や医療法人月桃会(沖縄)とグループ化をはかり、また共通する治療薬が多い前立腺がん治療専門の泌尿器専門病院(鹿児島)と業務提携を結んでおり、県や領域を超えた地域連携に取り組むと同時に経営の効率化をはかる。
<がん拠点病院として一人でも多くの乳がん患者さんに高度な医療を届ける>、そして、
<社会医療法人として離島・へき地における医療を守る>という2つの大きなミッションを背負いながら、相良病院はこれからも進化を続ける――。
2017年5月取材