施設の取り組み
岡山赤十字病院
緩和ケアに
PBPMを導入した
円滑な多職種協働
岡山赤十字病院
目次
01個別性の高い緩和ケアに薬剤師が医師と協働して
薬物治療を行う PBPM を導入
HIDEKI MORI森 英樹氏(岡山赤十字病院 薬剤部 部長)
岡山赤十字病院(忠田正樹院長・500床)では2003年12月に「地域がん診療連携拠点病院」に指定されて以来、がん医療にも重点的に取り組んできた。近年は施設・設備のより一層の充実を図り、2014年には独立棟として「緩和ケア病棟」を開設、2015年には新しく建てた別館新病棟の「南館」に外来化学療法センターと放射線治療室を集約し、円滑ながん診療体制の構築に努めている。こうした中、薬剤部においてもがん化学療法と緩和ケアの分野を中心にがん医療に対するさまざまな取り組みを展開してきた。
2010年に「医療スタッフの協働・連携によるチーム医療の推進」について厚生労働省医政局長通知が発出されると、薬学界では医師と薬剤師が事前に作成・合意したプロトコールに基づき、薬剤師が医師らと協働して薬物治療を行う「プロトコールに基づく薬物治療管理(Protocol Based Pharmacotherapy Management:以下PBPM)」に注目が集まった。
2016年3月には日本病院薬剤師会が「プロトコールに基づく薬物治療管理(PBPM)の円滑な進め方と具体的実践事例(Ver.1.0)」を作成したこともあり、その実践に積極的に乗り出す薬剤部も増えている。
同薬剤部も例外ではなく、2013年から緩和ケア分野でのPBPMに取り組み、有益な成果を上げている。がん医療に関するPBPMでは、個別性の高い緩和ケアよりも治療が標準化されているがん化学療法(支持療法)のほうが適しているといわれるが、薬剤部長の森英樹氏は「当院なら緩和ケア分野でPBPMを実現できると確信していました」と明かす。
02薬剤師主導の緩和ケアチーム回診を重ねることで
多職種協働の基盤をつくる
TAKUJI KITAJIMA喜多嶋 拓士氏(岡山赤十字病院 緩和ケア科部長)
森氏が緩和ケアのPBPMに確かな手応えを感じていたのは、この分野では多職種協働が推進されていたからだ。緩和ケア科部長の喜多嶋拓士氏は「看護師や薬剤師をはじめ、緩和ケアにかかわる医療スタッフには患者さんや家族にとって最も良い方法をしっかり自分たちで考えることを常日頃求めています。そして、多職種によるディスカッションを通して治療やケアの方針を決めていくようにしています。個別性が高いからこそ、話し合いなくして最適な緩和ケアを提供することはできないと考えるからです」と語る。
このような方針のもと、緩和ケアチーム(PCT)においても早くから多職種カンファレンスを重視し、2007年からオピオイド使用患者全員を対象とした病棟カルテ回診を始めた。ところが医師主導で実施したので、医療スタッフは一方的に医師の説明を聞く形になり、話し合いに発展しなかったという。「これではやっている意味がないので中止したいという意向が喜多嶋部長から伝えられたとき、薬剤師にやらせてくださいと申し出て2013年1月から薬剤師主導のPCT回診を再スタートさせたのです」と森氏はこれまでの経緯を語る。
JUNJI OMICHI大道 淳二氏(岡山赤十字病院 薬剤部・
HIV感染症薬物療法認定薬剤師)
現在は、各病棟から相談を受けた難治例も対象者に追加し、毎週水曜の午後、緩和ケアチームのメンバーである緩和ケア科医師、がん性疼痛看護認定看護師のほか、対象患者を担当する病棟看護師、緩和ケア病棟師長、臨床心理士が参加し、PCT回診を実施している。薬剤部では、院内全体の緩和ケアをサポートする立場にある薬剤師(緩和薬物療法認定薬剤師)と緩和ケア病棟を担当する薬剤師の2人にPCT回診の運営をまかせている。
その担当者の一人である大道淳二氏は「薬剤師主導でカルテ回診を行うと、相手も話しやすいのか、以前よりも質問や意見が出てくるようになりました。よりよいディスカッションになるよう各職種に均等に発言してもらうことを心がけています」と話す。こうしたPCT回診を重ねてきたことが多職種協働のベースづくりにも大いに役立っている。「たとえば患者さんと家族の思いを汲み取り、最後まで会話ができるように薬物はあえて最小限に止め、ケア中心で多職種が連携してサポートするといった診療方針の決定がチームでごく自然に行えるようになりました」と、もう一人の担当者である浅野志津氏は評価する。
03臨床で効果が出ている薬剤もよく吟味し
PBPMのプロトコールに反映させる
SHIZU ASANO浅野 志津氏(岡山赤十字病院 薬剤部・
緩和薬物療法認定薬剤師)
森氏によると、緩和ケアのPBPMに取り組むときにも薬剤師主導のPCT回診を行っていたことがとても役に立ったそうだ。薬剤部ではPBPMの一環として2013年に緩和ケア科の医師と共同で鎮痛補助薬を使用する際のプロトコールを作成したが、そのときに最も配慮したのは医師たちが工夫して使用している薬剤の扱いだった。
「検討の対象となった薬剤は、今でこそ慢性疼痛においてポピュラーな薬剤として使われるようになりましたが、当時はあまり注目されておらず、使用している施設はそれほどありませんでした」と浅野氏は振り返る。しかし、臨床の現場では緩和ケア科の医師たちが積極的に用いて高い効果を得ていることを薬剤師たちはPCT回診で十分に把握・理解していたので、患者さんに利益があると判断し、迷うことなくプロトコールに反映することができた。
このような経験を通して浅野氏は「エビデンスを踏まえることは大切ですが、この分野では緩和ケア医ならではの使い方の工夫もあるので、臨床で効果が出ている薬剤もよく吟味しPBPMのプロトコールに反映させていくことが重要だと感じています」と話す。
一方、喜多嶋氏は「使用する薬剤を限定して固定化されたプロトコールを作成している医療機関もありますが、当院では緩和ケアの個別性にもきちんと対応できるようにプロトコールに幅を持たせています」と話す。そのため、このプロトコールを運用する際には医師と薬剤師のディスカッションが大前提となる。「これがPBPMの本来あるべき姿だと思うのです。こうした活動を続けることで、将来的には薬剤師が処方設計し、それを医師が承認する段階まで薬剤師の力をつけていきたいと考えています」と森氏も意欲を見せる。
04プロトコールを用いることで、
医療スタッフが薬の提案を行いやすい環境に
NAOKO ISHIHARA石原 直子氏(岡山赤十字病院 緩和ケア病棟師長)
さらに喜多嶋氏は「鎮痛補助薬使用のプロトコールのように医師と相談して作成・合意したツールの場合、医療スタッフは単なる治療方針だけでなく、医師の処方意図なども理解することができるので、以前よりも薬の提案がしやすくなっていると思います」と評価する。現在、このプロトコールは医師と薬剤師の間だけで活用されているが、喜多嶋氏は病棟看護師にも普及していきたいと考える。
「いつも患者さんを見守っている病棟看護師の意見や提案は貴重ですが、どのように伝えればよいのかわからない人が多いように思います。このプロトコールを活用することによって“患者さんが苦しんでいるから、先生、何とかしてください”といった言動が減り、医師が治療方針を決定する際、参考となる意見や提案を的確に言ってもらえるようになることを期待します」と、喜多嶋氏はPCT回診と同様にPBPMが多職種協働を円滑に進めるうえで有用なツールであると受け止めている。それは森氏も同感で、「話し合いのためのツールという観点からPBPMの導入を考えてみるのはいいと思います」と話す。
一方、森氏はPBPMを足がかりに薬剤師が共同診療の場でもっと活躍していかなければならないとも感じている。その布石を打つために、薬剤部のスタッフ数が厳しい中、包括払いである緩和ケア病棟にも薬剤師を常時配置する。こうした対応について緩和ケア病棟師長の石原直子氏は「ハイリスク薬の管理だけでなく、オピオイドスイッチングに関してもトリプルチェックができるようになったので、がん性疼痛治療の質と安全性がさらに高まっていると思います」と評価する。そして「当病棟では地域への移行にも力を入れているので、今後は退院時カンファレンスにも薬剤師に積極的に参加してもらい、医師や看護師では対応が難しい保険薬局へのアドバイスやサポートをまかせたい」と期待する。
05PBPMやPCT回診を通して病棟薬剤師にも働きかけ
全体の質向上に努める
このような他職種の期待にどの薬剤師も応えられるよう、薬剤部では緩和ケアのPBPMを教育的ツールとしても活用したいと考えるが、非がん患者さんをサポートする薬剤師にはこの分野に対する苦手意識があることは否めない。そこで、PCT回診を担当する薬剤師が病棟薬剤師に働きかけ、緩和ケアに関心を持ってもらえるように仕向けている。「PCT回診の話し合いで薬剤が変更になれば、その報告を患者さんに行うのは病棟薬剤師の担当にしています。さらにPCT回診で採用された薬物治療の内容とその根拠についても必ず伝え、その後のフォローを受け持ってもらいます」と大道氏は説明する。その結果、病棟薬剤師には患者さんに対する責任感が生まれ、緩和ケアの知識も少しずつ向上してきた。
浅野氏は「患者さんの心の奥底にあるニーズを汲み取れないと適正な薬物の選択につながらないこともあるため、コミュニケーション能力をスキルアップしていくことも必要です」と指摘する。そして「病棟薬剤師には“緩和の心”で患者さんに接することの大切さも伝えていきたいと思っています」と語る。さらに森氏は「患者さんの痛みを把握する際にも“緩和の心”を持っているとより正確に捉えることができます」と示唆する。
森氏は数年前、東北地方出身のがん患者さんをサポートしたことがあったが、その人は方言で痛みの程度を表現したため理解できず、正確に痛みを把握することができなかった。そこで、森氏は痛みの程度を表現する全国の方言の一覧表を作成し、以来、痛みのフェイススケールとともに活用している。「患者さんはとても喜んでくださいます。それはあらゆる手段を講じてサポートしたいという薬剤師の思いが伝わっているからです。臨床の第一線で活動する薬剤師には、このような工夫も重ねていってほしいと思います」(森氏)。
薬剤部ではさまざまな活動を通して患者さんの痛みと向き合ってきたが、緩和ケアの分野にPBPMを導入したことにより薬剤師の果たす役割はさらに大きくなっている。これからも病棟で、外来で、そして将来的には地域でも、がん患者さんとその家族の苦痛を軽減し、最後まで自分らしい人生を過ごすことに寄与していくことだろう。
2017年2月取材