施設の取り組み
福井県済生会病院
きめ細やかな
就労支援が
厚労省のモデル事業に
福井県済生会病院
目次
01「患者さんに優しいがん診療」をモットーに、
地域に根ざした活動を展開
YOSHINORI MUNEMOTO宗本 義則氏(福井県済生会病院 集学的がん診療センター長・外科主任部長)
地域がん診療連携拠点病院に指定されている福井県済生会病院(登谷大修病院長・460床)は「患者さんに優しいがん診療」をモットーに、地域に根ざしたがん医療を展開してきた。同院のがん診療機能の中でも注目されるのは2011年5月に開設された「集学的がん診療センター」だ。
このセンターの活動は多職種によるチーム医療を基盤に、治療だけでなく社会的・心理的な支援を含め、多角的に患者さん・ご家族を支えることを目的とする。
「治療の進歩によってがん診療は多岐にわたって行われるようになり、医師一人で患者さんやそのご家族に対応することは難しくなりました。そこで、当院においても2007年から多職種チームでかかわることを前提に、その機能をシステム化することに取り組んできました」と集学的がん診療センター長の宗本義則氏は経緯を説明する。
こうして同センターでは、①質の高いがん診療、②患者さん・ご家族へのサポート、③がん情報の集約、④がん診療の地域連携、⑤臨床研究および教育の5つの取り組みを掲げ、それぞれの分野に必要な職種が有機的に連携しながら活動する体制を作り上げた。各分野の活動が迅速かつ円滑に行われるようコーディネート役を務める同センターマネージャーの吉川千恵氏によると、日常的な活動には常時10職種以上の医療スタッフがかかわり、センターの運営委員会には医師だけでなく、がんを専門とする認定看護師や専門薬剤師なども積極的に参加しているという。
さらに2013年7月に南館が完成したのを機に、センターの5つの機能を南館1階に集約させ「ワンテーブル」で相談に応じる体制も整備した。「ある問題が生じたら、患者さんがあちこちを回って相談するのではなく、その問題を解決するのに必要な職種がすみやかにこのセンターに集まってきて1つのテーブルを囲んでとことん話し合う――こんなイメージで支援体制を強化しました」と宗本氏は話す。
02さまざまな支援メニューを用意して、
患者さんやご家族のあらゆる悩みに対応する
CHIE YOSHIKAWA吉川 千恵氏(福井県済生会病院 集学的がん診療センターマネージャー)
こうした「ワンテーブル」体制に加え、同センターのもう一つの大きな特徴は「社会的・心理的サポート」を「治療サポート」と同等に位置づけていることだ。つまり、両者は車の両輪のような関係にあり、どちらのサポートがおろそかになっても同院のがん診療は成り立たない。「これまでは治療を優先し、医療者がそれ以外の悩みに対応することはそれほど多くはありませんでした。しかし、患者さんの立場になってみると治療の他にも大事にしたいことがたくさんある。あるいは悩みや不安を解決しないと治療に前向きになれないこともある。こうした患者さんの希望や悩み、不安などを十分に考慮しながら治療を行っていかないと、納得と満足を得られるがん診療は提供できないと考えています。この実現のために当センターはコーディネート業務や体制づくりに力を入れているのです」と宗本氏は言い切る。
同センターでは、社会的・心理的サポートとして患者さん同士がお茶を飲みながら気軽に交流できる「メディカルカフェ」をはじめ、がんの悩みについてがん専門医や緩和ケア医と患者さん・ご家族が個別に語り合う「がん哲学外来」、頭皮やウィッグの専門家による「脱毛・ウィッグ相談会」、緩和ケアスタッフ、音楽療法士、臨床心理士らによる「がんの親を持つ子どもへのサポート」など、支援メニューを充実させている。
また、がん診療連携拠点病院である同院にはがん相談支援センターが併設されており、そこでは常時がん患者さんやご家族の相談を受け付けている。「当院のがん相談支援センターには年間2,000件余りの相談があります。しかし、その内容は多岐にわたり、まさに十人十色。患者さん一人ひとりの悩みとニーズは異なるため、さまざまなメニューを用意することが大切なのです」(宗本氏)。こうした支援メニューの中には、がん相談支援センターに寄せられた相談内容を反映したものも少なくない。たとえば就労支援もその一例だ。「2,000件余りの相談のうち、最も多いのは医療費・生活費の悩みで全体の約15%を占めています。一方、就労そのものに関する悩みは全体の約4%程度とわずかですが、経済的な悩みと密接に関連し、さらには生きがいとも重なってくるので、患者さんの相談ニーズがないからといって重要な問題ではないと片付けられるものでないことに気づいたのです」と吉川氏は話す。
03ハローワークと協働する仕組みが
全国でのモデル事業に
同センターが就労支援に本格的に取り組み始めたのは2013年のことだが、もちろんそれ以前からも就労の悩みを抱える患者さんに対応していた。ただし「傷病手当金や失業給付などの社会保障制度の説明やハローワークへの誘導にとどまっており、離職したがん患者さんから再就職の相談を受けても患者さんの自助に任せざるを得ないという状況で、実際の就労に結びつくような支援をもう少し踏み込んで行う必要があるのではないかと感じていました」と吉川氏は打ち明ける。そこで、ハローワークとの連携体制を整えがん患者さんの就労支援を強化すること、また治療を継続しながら職を探すうえで障壁となる、社会保険労務士への相談やハローワークでの求人票閲覧といった負担をできるだけ軽くすることを考え、社会保険労務士、ハローワークの職員、医療者をワンテーブルに集める仕組みを作ることを思い立った。
「当院の人事部に在籍している、長年労働行政に従事した経験があり社会保険労務士の資格を持つ職員と共に、最初に福井労働局にどのような形でシステムを構築するのがスムーズな就労につながるのか相談に出かけました」(吉川氏)。そして、福井労働局、ハローワーク福井の幹部職員との協議を重ねて業務フローを作成し、完成した時点でハローワーク福井の専門援助部門の職員に多職種チームの一員として加わってもらい、業務フローをもとに実際の運用について話し合った。「専門援助部門の方に協力していただき、きめ細かく対応してもらえているので本当に助かっています。」と吉川氏。
こうして2013年10月から月1回、ハローワーク福井から就職支援ナビゲーターと呼ばれる職員が同センターを訪問し出張相談会を行うようになった。メディカルカフェの開催と同日に行い、メディカルカフェの参加者が気軽に相談できる体制とした。2014年4月、この取り組みは厚生労働省の「長期療養者等就職支援モデル事業」に指定され、国が2016年4月から全国展開している「がん患者等に対する就職支援事業」にも生かされている。今、同センターの仕組みを参考に就労支援を開始するがん診療連携拠点病院が各地で増えているのだ。
04声を上げにくい患者さんに対し、
院内が一丸となって就労の悩みを掘り起こす
同センターが就労支援に本格的に取り組み始めた2013年10月以降、これまでの3年間に寄せられた就労に関する相談件数は236件だ。そのうちハローワークの出張相談会に紹介したのは35件、さらにそこから就職につながったのは18件だった。就職先は生命保険会社、コンビニ、結婚式場、塾、警備会社、宅配便業者、介護施設、役所、医療機関など多種多様で、30~50代の乳がん患者が全体の40%を占める。「就労支援に取り組む他院からも18件という実績はとても多いと評価されています」と宗本氏は説明する。そもそも就労相談に対するニーズはそれほどないため、メニューを用意していても定期的にハローワークの出張相談会を開催している拠点病院は少ないのが実状だ。
「治療をしながら就労に向けて動くことは患者さんにとって心身ともに大変なことなので、困っていても自分から声を上げることはなかなかできません。いかに就労の悩みを掘り起こすことができるのか、病院の努力が最も問われる分野だと思います」と宗本氏は指摘する。
2016年4月からはハローワーク出張相談会を月2回に増やし更に利用しやすい環境にした。働くことへの不安は脱毛など治療に伴う外見の変化と関連性が大きいため、2回目の相談会はウィッグ相談会と同日に行っている。また、緩和ケアチームが全入院患者に対して実施している「生活のしやすさに関する質問表」の中に就労に関する項目を追加し、早期からの掘り起こしにも積極的に取り組んでいる。「この項目にチェックを入れた患者さんには、必要に応じてがん相談支援センターのがん相談専任看護師が病室で、悩みを伺ったうえで出張相談窓口への誘導を行っています」(吉川氏)。
さらに宗本氏は、医局会議の場を利用して院内のすべての医師に対して経済的な問題で悩んでいる患者さん・ご家族が多いことを伝え、受け持っている患者さんに就労にかかわる不安が少しでも見え隠れするようなら同センターにすみやかに紹介することを促す。「患者さんの社会的な問題には関心がないという医師も少なくないので、周知を徹底していくことが肝心です」(宗本氏)。就労支援を受けた患者さんに行ったアンケート調査によると「就労支援を知ったきっかけ」の54%を「職員」という項目が占め、さまざまな情報源の中で最も多かった。この結果は、宗本氏をはじめ同センター職員の努力が確実に実っていることを物語っている。
05就職支援ナビゲーターとの信頼関係を築くことが
高い就職率につながる
一方、同センターの待合室には「就労支援専用パンフレットスタンド」を設置し、ハローワークで配布されている雇用保険や職業訓練などに関する情報を提供するとともに、求人情報ファイルも置いて閲覧できるようにした。「最新情報を見ることができるよう毎日更新しています」(吉川氏)という徹底ぶりだ。さらに出張相談会で就職支援ナビゲーターが迅速かつ的確にサポートできるよう、同センターでは就労相談票を作成し、相談に必要な患者情報をあらかじめ集めてハローワークの職員と情報共有することにも力を入れる。
就労相談票は、就労に関する情報として7項目(①治療の状況、②就職に対する希望、③就労条件、④就労支援を知ったきっかけ、⑤収入状況、⑥ハローワークの利用、⑦ハローワークでの希望サービス)が設定されているほか、就労に対する主治医の意見(①労働時間、②働くうえでの体力面、③働くうえで配慮すること)も医療情報として盛り込まれている。「ハローワークと情報を共有するために相談票の末尾には患者さん本人の同意を得る欄を設けています」(吉川氏)。
同センターでは、がん相談支援センターの専任看護師、医療ソーシャルワーカー、そして吉川氏の3人が就労支援を担当し、必要に応じて社会保険労務士の資格を持つ職員がかかわる。「私たち就労支援担当者と就職支援ナビゲーターとの関係はすこぶる良好で、コミュニケーションもしっかりとれています。出張相談会の終了後、過去にかかわったケースの振り返りを両者で行い、問題点の抽出や解決策について検討する機会を設けています。こうした背景があることも高い就職率につながっていると思います」と吉川氏は評価する。
近年、就労支援の一環として夜間に外来化学療法を実施する医療機関が増えてきた。こうした動きに対して宗本氏は「就労支援の手段の一つとして取り組まれるのはよいことですが、仕事と治療を両立する環境を提供するだけでなく、就労に対する患者さんの悩みや不安をなくすことに努めることが大切です。この取り組みなくして患者さんに納得と満足のいく治療は提供できませんから」と示唆する。
この視点を持てるかどうかが就労支援をはじめとした患者さん・ご家族のサポートを成功させる最大の秘訣であることを、福井県済生会病院集学的がん診療センターの取り組みが教えてくれている――。
(2016年10月取材)