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施設の取り組み
石巻赤十字病院 遺伝カウンセリング外来

遺伝カウンセラーを雇用し
地域の総合病院でも
実践できる
遺伝カウンセリング外来を構築

石巻赤十字病院
遺伝カウンセリング外来

01乳腺外科と緊密に連携しながら
「遺伝カウンセリング外来」を展開

石巻赤十字病院は、1926年に日本赤十字社宮城県支部によって設立された医療機関で、石巻医療圏(約20万人)の中核病院として発展してきた。2006年には市内の沿岸部にあった病院を内陸部に新築移転し、救急医療を中心とする診療機能をさらに充実。東日本大震災が発生した際は内陸部に位置していたことから大津波の被害をまぬがれ、この地域で唯一機能する医療機関として災害医療の最前線基地となり、多くの被災者の命を救ったことは記憶に新しい。また、この震災によって各地の中核病院が被災し宮城県北東部の医療提供体制が脆弱化したため、同院の二次医療圏は気仙沼・登米地域まで広がっている。

一方、がん医療の分野では2003年に地域がん診療連携拠点病院に指定されて以来、診療体制の整備を進め、現在は外来化学療法センターをはじめ、緩和ケアチーム、リンパ浮腫外来、がんサロンといった様々な機能を揃えている。なかでも注目したいのが2011年10月にスタートした「遺伝カウンセリング外来」だ。同外来では、乳腺外科と緊密に連携しながら「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer:HBOC)」の早期発見とフォローアップに力を注いでいる。

そもそも「日本人には遺伝性乳がんが少ない」と考えられてきたが、昭和大学医学部乳腺外科教授の中村清吾氏らが乳がん患者とその家族(135家系)を対象に行った調査研究で日本人の遺伝性乳がんの陽性率は26.7%と欧米並みだったことが判明した。これ以降、日本乳癌学会をはじめ、乳腺外科医の間では遺伝性乳がんの早期発見とフォローアップに対応しなければならないという機運が生まれている。しかし、実際に取り組んでいる施設はごくわずかで、遺伝性乳がんの遺伝子検査やカウンセリングの普及と啓発に取り組む「NPO法人日本HBOCコンソーシアム」ホームページに登録されている医療機関は全国で58施設、東北地区では同院を含めて3施設である(2014年7月現在)。

02認定遺伝カウンセラーの資格を持つ専門家
を常勤スタッフとして採用

古田 昭彦氏(石巻赤十字病院 乳腺外科部長・薬剤部長)

AKIHIKO FURUTA古田 昭彦氏(石巻赤十字病院 乳腺外科部長・薬剤部長)

このような状況の中、地域がん診療連携拠点病院とはいえ人材も限られる地方の総合病院である石巻赤十字病院が遺伝カウンセリング外来を設置できたのは、乳腺外科部長の古田昭彦氏の熱意と幸運な出会いがあったからだ。同院の乳腺外科には震災前から石巻医療圏の乳がん患者が一極集中化しており、2名の常勤医で年間約150件の手術、転移・再発がんを含む約1000人の外来患者の診療にあたってきた。さらに診断・治療だけでなく、検診や人間ドックのマンモグラフィの読影作業にも従事してきた。「それは現在も変わらず、私はこの地域の乳がん診療の責任者であると自認しています」と古田氏は話す。そして、患者さんに不便をかけることがないよう、この地域で乳がん診療を完結させることを目指し、診療体制の整備に取り組んできた。その古田氏の数年来の懸念となっていたのがHBOCへの対応だった。「遺伝性乳がんのリスクは十分に認識していたので、家族歴の問診は行っていました。しかし、診療の片手間の取り組みになってしまい、それ以上のことができない。自分の患者さんに責任を持つといいながら確実に助けられる命を見過ごしているのではないかという焦燥感に駆られていました」と、古田氏は当時の心境を振り返る。

東京で開催されたHBOCセミナーに参加するなど模索を続ける中、偶然に出会ったのが認定遺伝カウンセラーの安田有理氏だった。「がん患者の家族として古田先生に初めてお会いしたのです。私は資格を取得したところで就職先を探していました」と安田氏は話す。そのことを聞いた途端、古田氏の脳裏にある計画がひらめく。それは、安田氏を雇用して遺伝カウンセリング外来を開設するというものだった。それから、とんとん拍子に話が進み、安田氏は同院に常勤スタッフとして採用される。「2011年当時、遺伝カウンセラーを雇用する医療機関は全国でも少なく、採用されても非常勤がほとんどでした」(安田氏)。古田氏の熱意が通じ、病院側も遺伝カウンセラーをこの地域に必要な医療資源だと認めたのである。

03新患だけでなく再来患者の中から高リスク者
を拾い上げるために問診票を導入

安田 有理氏(石巻赤十字病院 乳腺外科部 遺伝・臨床研究課 認定遺伝カウンセラー)

YURI YASUDA安田 有理氏(石巻赤十字病院 乳腺外科部
 遺伝・臨床研究課 認定遺伝カウンセラー)

こうして安田氏は古田氏とともに県内初の遺伝カウセリング外来を開設するが、診療体制を整えるまでの道のりは手探りの連続だったという。「それはまるで何もない荒れ地に道路を敷設していくようなものでした。石ころをどけて草をむしって…。わき目も振らずどんどん進んでいく古田先生の後を必死で追いかけました」と安田氏は述懐する。

遺伝カウセリング外来の診療体制は、日本乳癌学会が編集した『科学的根拠に基づく乳癌診療ガイドライン』の遺伝性乳がんに対する遺伝子検査およびカウンセリングの総説を参考に構築していったが、最初に2人が取り組んだのは過去1年間の新規患者のカルテ調査だった。「HBOC疑いのある患者がどのくらい存在するのかを確認するためです。NCCN(National Comprehensive Cancer Network)のガイドラインに照らし合わせて拾い上げてみると結構いそうだという感触を得ました」と安田氏は説明する。そして、病院に勤務したことがなかった安田氏は約3ヶ月間、外来診療を見学しながら高リスク者の拾い上げについて古田氏らと協議を重ねた。 検討の結果、高リスク者の拾い上げは、病棟で術後患者に家族歴を聴取することから開始した。ところが、この方法では新規の患者にしか対応できないというデメリットがあった。そこで、外来患者の中から高リスク者を拾い上げるために問診票の導入を検討。同時に遺伝子検査の準備を進め、活動を始めて半年後には外来でのHBOC問診票の記入と遺伝子検査をスタートさせた。

04診察日の当日に遺伝カウンセリング外来を
受診できるシステムを構築

現在、外来での高リスク者の拾い上げは、次のような手順で進められている。まず安田氏が外来診療日の前日に予約を入れている患者さんのカルテを確認し、HBOCの問診票を取っているかどうかをチェックする。取っていない患者さんのリストを作成して外来受付の事務スタッフに渡し、翌日の受付時に該当する患者さんに問診票の記入を依頼してもらう。そして、看護師や事務スタッフの手を煩わせないよう、安田氏が定期的に乳腺外科のスタッフエリアをラウンドしてHBOC問診票を直接、確認する。

「より詳しい家族歴を聞きたいときにはメモに書いてHBOC問診票に貼っておきます」(安田氏)。すると医師が診察中にHBOCの簡単な説明をしたうえで安田氏のメモの内容を伝えてくれる。患者さんの了承が得られて時間の都合があえば診察後に遺伝カウンセリング外来に回ってもらい、詳細な家族歴の聞き取りを行い、場合によってはHBOCや遺伝子検査についての詳しい説明も行う。

安田氏は患者さんへの説明ポイントについて、

  1. リスクの高さに応じた対応が必要であり、その対応策がある、
  2. 検査の結果は本人だけでなく家族や親族にも影響する、
  3. 検査は本人の意思によって受けるものである、
  4. 検査は必ず受けなければいけないわけではないが、検査を受けない場合にも検診を受けて気をつける必要がある、

といった点をきちんと伝えることが大切だと指摘する。また、ハード面ではプライバシーの保たれた専用のカウンセリングルームを確保することが非常に重要だという。さらに安田氏は「今は、乳がん看護認定看護師の玉置さんが問診票による拾い上げと患者さんとのやり取りをコーディネートしてくれているので、拾い上げからカウンセリングまでの流れがさらにスムーズになりました」と、現場をよく知る看護師さんの協力が不可欠であると話す。

外来での高リスク者の拾い上げを開始した2012年4月から2013年12月までにHBOC問診票を取った人の総数は約5000人で、そのうちNCCNガイドラインの「HBOC-1」基準に合致した人は約10%いた。さらに詳細な家族歴を聴取できたのは約2%で、そのうち遺伝子検査を受けたのは23人で、BRCA遺伝子の変異陽性者は7人(BRCA1が4人、BRCA2が3人)だった。また、患者さんの家族で遺伝子検査を受けたのは7人で、変異陽性者は4人(BRCA1が3人、BRCA2が1人)だった注)「遺伝子検査の費用が高額なので、当院ではリスク評価モデルで変異保有確率が10%以上の人には年間10例までですが、当院負担で検査が受けられるようになっています」と古田氏は説明する。

(注)これらの遺伝子に変異を有する場合、乳癌、卵巣癌の生涯発症リスクが高率となる

05BRCA遺伝子の変異陽性者にはがん検診を
強化し心理面もサポート

BRCA遺伝子の変異陽性者への対応策として、古田氏らは外科的予防法も提示した上で、検診による対策を選択した人には定期的に行っているがん検診を強化。乳がん検診は超音波検査(年2回)とマンモグラフィ検査(年1回)に加え、造影MRI検査(年1回)を追加する。また、卵巣がん検診は、同院の産婦人科が分娩の対応に追われているため、地域の医療機関と連携し、婦人科にて経腟超音波検査(年2回)と腫瘍マーカー測定検査(年2回)を実施する。もちろん、検診により必ず早期発見が可能になるわけではないことを理解してもらった上での紹介となる。「リスク低減術はまだ導入できていませんが、幸いにも、予防のために乳房を切除するリスク低減術を希望する人は、ほとんどいませんでした。」と古田氏は打ち明ける。

変異陽性者の反応はさまざまだが、「若い世代のために受けてよかった」、「変異があることがわかり、これからは専門家にしっかりサポートしてもらえるので安心できる」といった声が古田氏や安田氏のもとに届いている。昨年、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが両胸のリスク低減術を行ったことを発表し、遺伝性乳がんに関する情報が飛び交ったときも「定期的に検診をしてもらっているし、十分に説明されていたので、いろいろな報道があっても不安になることはなかった」と落ち着いている人が大半だった。
変異陽性者の反応はさまざまだが、「若い世代のために受けてよかった」、「変異があることがわかり、これからは専門家にしっかりサポートしてもらえるので安心できる」といった声が古田氏や安田氏のもとに届いている。昨年、女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが両胸のリスク低減術を行ったことを発表し、遺伝性乳がんに関する情報が飛び交ったときも「定期的に検診をしてもらっているし、十分に説明されていたので、いろいろな報道があっても不安になることはなかった」と落ち着いている人が大半だった。
その一方で、リスク評価モデルで高リスク者であると判定されても「娘の結婚に差し障るから遺伝子検査は受けません」という人もいる。 「社会的な問題も多分に含んでいるため、慎重に対応する必要があります。しかし、日常診療に追われる乳腺外科医は時間的にも精神的にも十分に配慮するゆとりがなく、遺伝カウンセラーの助けは不可欠です。心理的なサポートも安心して任せています」と古田氏は示唆する。そして、安田氏がチーム医療の一員に加わったことで乳がん診療の質はさらに高まったと評価する。「今は地域の乳がん診療の責任者としての義務をようやく果たせたという思いです」(古田氏)。

06蓄積してきたノウハウを他院にも伝えて
専門外来の設置を支援していきたい

古田氏と安田氏の写真

今後の2人の目標は、遺伝カウンセリングの診療活動を院内外に拡大していくことだ。乳がん以外にも遺伝するがんとしては、大腸がん、胃がん、子宮体がんが判明している。これらのがん種については高リスク者の拾い出しに取り組めていないのが現状だ。安田氏は「消化器外科や婦人科のカンファレンスに参加し、まず医師たちに家族性腫瘍に対する関心を持ってもらえるよう働きかけているところです」と話す。

今は何よりも啓発活動が肝心なのだ。地域に対してもパンフレットを作成して行政や医療機関に配布するほか、医療従事者や患者会の勉強会に出かけて講演をすることも多い。また、月2回、仙台医療センターに出向き、遺伝カウンセリング外来も担当している。「私が他の病院で実際に活動することによって遺伝カウンセラーへの理解が進み、専門外来の設置につながれば嬉しいですね」(安田氏)。古田氏もこのような動きが出てくることを期待し、安田氏を積極的に他院に派遣する。遺伝カウンセリングは、大学病院やがん専門病院など遺伝子診療の専門家が揃っている施設でなければできないと思われている。しかし、と古田氏はその考えを否定する。「地方の総合病院でも実践できることを証明したので、当院と同じような環境に置かれている、特に地域がん診療連携拠点病院に当院のノウハウを伝えて専門外来の設置を支援したいと考えています。そのためにも安田さんが地域ネットワークを構築してくれることを期待しています。我々の施設だけに留まらせるつもりはありません」と古田氏は言い切る。“助かる命を確実に救いたい”という情熱が2人のフロンティアの活動を支えている。


2014年6月取材

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