施設の取り組み
国立がん研究センター・がん対策情報センター
「情報」をキーワードに
日本のがん医療の
あり方を変える
国立がん研究センター
がん対策情報センター
目次
01あらゆる媒体を活用し、
がん患者さんと家族に正しいがん情報を届ける
厚生労働省が策定した「がん対策推進アクションプラン2005」に基づき、国立がん研究センターの中にがん対策情報センターが設立されたのは2006年10月のことだ。以来、がんに関する正しい情報を発信し患者さんやその家族の不安を解消するとともに、がん医療の質の向上や均てん化を図ることを目的にさまざまな活動を展開してきた。2013年4月には組織変更が行われ、がんになっても充実した人生を送るための支援について検討する「がんサバイバーシップ支援研究部」と、がん政策に関するデータを収集し政策提言を行う「がん政策科学研究部」が新設され、従来の4つの部署と合わせて6部体制となった(図1)。
これらのうち、正しいがん情報を発信する役割を担っているのが「がん情報提供研究部」だ。設立当初よりインターネットで提供している「がん情報サービス」を核に、医学に関連する情報(予防、検診、病態、診断・治療など)に加え、療養に関連する情報(心のケア、食事と栄養、医療者とのコミュニケーション、治療費の支援制度など)や医療施設に関連する情報(がん診療連携拠点病院、相談支援センター、専門医療職の所在など)についても幅広く提供してきた。その情報量は膨大で、現在、がん情報サービスに掲載されている記事は1万3,563ページにもなり、年間に閲覧される回数は3,385万回に達する。
しかし、「インターネットを活用することが困難な人、特に高齢者はこれらの情報を入手することができないので、冊子が欲しいとの要望が患者団体などから寄せられました。そこで、デジタルコンテンツと並行して冊子の制作も進めてきました」と、がん対策情報センター センター長の若尾文彦氏は説明する。こうして作られた冊子は7年間で、各種がんシリーズが45種類、がんと療養シリーズが7種類、社会とがんシリーズが3種類の計55種類(平成24年度発行部数67万冊)まで増え、全国のがん診療連携拠点病院に設置されている「がん相談支援センター」の窓口などで無料配布されている。
近年は書籍の制作にも取り組み、2011年には初発のがん患者さんとその家族を対象に治療や療養全般についての情報をまとめた『患者必携 がんになったら手にとるガイド』を、2012年には再発がん患者さんとその家族に向けて再発に対する不安や再発時に支えとなる 情報をまとめた『もしも、がんが再発したら 本人と家族に伝えたいこと』、2013年には一般を対象とした『わたしも、がんでした。がんと共に生きるための処方箋』を出版し、全国の書店での販売も開始した。また、「がん情報サービスサポートセンター」を開設し、電話による情報提供も実施するなどサービスの充実にも努めている。
02制作物に患者さんの意見を積極的に取り入れ、
情報発信のあり方をメディアと検討
FUMIHIKO WAKAO若尾 文彦氏(独立行政法人国立がん研究センター
がん対策情報センター センター長)
インターネットの記事や冊子、書籍を制作する過程で特筆されるのは、医療の専門家だけで作るのではなく、患者さんの視点や意見を十分に取り入れている点だ。同センターでは、2008年より「患者・市民パネル」を組織し、公募によって全国から選出された約100名のがん患者さんやその家族に、センターの活動に対する意見や協力を求めてきた。『もしも、がんが再発したら』を制作する際も、再発や多重がんを経験した「患者・市民パネル」の有志が中心となり構成や内容、表現方法について検討を重ね、本に収録する手記も寄せた。
2013年9月に大きさと内容を刷新して発行された『患者必携』普及新版にも、「患者・市民パネル」の手記が数多く掲載されている。若尾氏は「前作を読んだ患者さんや家族から、実体験の手記は治療を受けるうえでとても参考になるし、何よりも励みになるとの感想をたくさんいただき、前作よりも掲載点数を増やしました」と明かす。
一方、正しい情報を発信するという点において、マスメディアとの協働も模索する。同センターでは2007年から米国のNational Institutes of Healthの活動を参考に報道関係者を対象とした「メディア・セミナー」を月1回、継続的に開催している。「信頼できる情報を信頼される形でより広く提供するために、情報を作成する私たちと情報発信のプロである報道関係者がタッグを組むことによってがんに関する専門知識と問題意識を共有し、それぞれの観点から議論しています」と、若尾氏は目的と内容について語る。参加した報道関係者からはデータを吟味して報道することの重要性を改めて認識し、記事や番組づくりを見直すきっかけになったとの声が届いており、活動の成果は少しずつ現れているようだ。
また、同センターでは毎年、がん診療連携拠点病院の院内がん登録全国集計報告を発表しているが、その公表に先立ち、報道関係者を集めてデータの詳細な解説を行ってきた。「最初の頃は集計報告を施設別ランキングに加工してセンセーショナルに報道されることもありました。しかし、レクチャーを重ねる中で、データの取り扱いに対する理解が進み、そのような報道は少なくなってきました。これからも一般の人に誤解を与えない情報発信をマスメディアとともに検討していきたいと考えています」と、若尾氏は意欲的だ。
03日常診療に利用できる「臨床試験検索システム」と
「国内未承認薬の情報」
TARO SHIBATA柴田 大朗氏(独立行政法人国立がん研究センター
多施設臨床試験支援センター
薬事安全管理室 室長)
がん情報サービスに掲載されている情報の中には、医療関係者が日常診療の中で利用できるものも多い。その1つが「一般の方へ」の中にある「がんの臨床試験を探す」というコンテンツだ
ここでは、大学病院医療情報ネットワーク研究センター(UMINセンター)、日本医薬情報センター(JAPIC)、日本医師会 治験促進センターに登録されている5,000弱の臨床試験(一部の治験を含む)について、①がんの領域、②都道府県、③進捗状況の3つのキーワードにより検索することができる。また、リストの医療機関情報をクリックすると、臨床試験を実施している医療機関の情報が表示され、その施設ががん診療連携拠点病院に該当するときは治験や臨床試験の問い合わせ窓口情報にリンクされている。ただし、多施設共同試験の場合は、データベースに登録されていない医療機関名は表示されない。
この検索システムの責任者である多施設臨床試験支援センター 薬事安全管理室 室長の柴田大朗氏は「一般の方が利用することを前提に検索システムを構築しているため、詳しい薬剤名や治療名で検索することはできないのですが、がんの領域を絞り込めばフェーズ別に検索することが可能なので、ある特定の領域の臨床試験がどのような状況になっているのかといった情報を入手することが可能です」と説明する。また、同時並行で動いている臨床試験についても簡単に調べることができるので、臨床試験の参加を希望する患者さんや家族に他の選択肢を示したいときの情報源としても役立つ。
さらに、「医療関係者の方へ」の中にある薬剤関連の情報では「公的会議で取り上げられた国内未承認薬の情報」コンテンツも参考になる。これは、厚生労働省の「未承認薬使用問題検討会議」および「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」で取り上げられたもののうち、海外では承認されているが、国内では承認されていない薬剤を対象に医薬品情報を提供するものだ。 2013年8月末現在、その後に国内で承認されたものを含め、41種類の薬剤が登録されている。
リンク先の関連情報は基本的に海外における臨床試験成績並びに海外規制当局(米国FDA、欧州EMA)の評価結果で、国内未承認薬のリスクとベネフィットのバランスを判断できる材料となる。なかでも規制当局の資料は、医学的な論文には掲載されていない薬剤の承認をめぐる議論の経緯を追うことができるため、とても参考になるという。これらの情報について柴田氏は「現場の医師や薬剤師の方には、臨床試験や未承認薬の情報を把握・整理する際の道具の1つとして使って欲しいと考えています」と話す。
04化学療法の安全性を高めるために
薬剤師研修や医・薬・薬連携の構築に力を注ぐ
YOSHINORI MAKINO牧野 好倫氏(独立行政法人国立がん研究センター
がん対策情報センター
がん医療支援研究部 教育研修室
同中央病院 薬剤部 副薬剤部長)
冒頭でも触れたように、同センターにはもう1つ「がん医療の質の向上と均てん化」という重要な使命がある。これらに関する活動としては、全国に397ヶ所指定されているがん診療連携拠点病院への診療支援やスタッフ研修が挙げられる。診療支援では設立当初より病理コンサルテーションと画像診断コンサルテーションの事業を展開しており、IT技術なども導入しながら各地の病理や画像診断の専門医とネットワークを組み、難しい症例を中心に診断を行っている。これまでに実施したコンサルテーションの累積件数は、病理が450件、画像診断が91件である。「参考になる症例はリファレンスデータベースとして、がん情報サービスで公開していますので、ぜひ参考にしてください」と、若尾氏は現場の医師に呼びかける。一方、地域がん診療連携拠点病院(346ヶ所)の医療スタッフを対象とした研修は、医師、看護師、薬剤師、相談員、がん登録実務者などの職種別研修のほかに緩和医療や化学療法などチームで受講する研修も用意されている。2012年度に行われた指導者研修には808名、基礎・中級者研修には4,202名の参加者があった。
近年、がん医療における薬物療法の重要性が高まるにつれ、研修の中でも必要性が指摘されてきたのが薬剤師に対する研修だ。「これまでも薬剤師については、国立がん研究センターと日本病院薬剤師会とが協力してがん専門薬剤師の養成などを行ってきましたが、がん対策情報センターでの研修はチーム研修内での対応となっていました。そこで、被曝対策など抗がん剤の取り扱いについて、院内でプライオリティを持って管理できる薬剤師を育成するために、薬剤師を対象とした研修を行うことにしたのです」と、がん医療支援研究部 教育研修室で薬剤師向け研修の企画・運営を担当する牧野好倫氏は説明する。
2011年度より講義形式の研修を開始し、2011年度・2012年度を合わせると全国から 112名の薬剤師の参加があった。その中から地域の中核病院で活躍する薬剤師を中心に20名余りを選抜し、国立がん研究センター中央病院で2日間の実技研修を行った。今年度も引き続き同様の研修を実施しており、牧野氏は 「彼らが地域の中で抗がん剤の被曝対策をはじめ、化学療法の安全性を高める活動を担ってくれることを期待しています」と話す。
また、がん医療支援研究部では、この研修を受けた薬剤師にアンケートを実施し、がん診療連携拠点病院における抗がん剤管理の実態について調査を行った。その結果、多くの病院において、外来化学療法で投与されている経口抗がん剤の管理が十分でないことが判明した。 そこで、がん医療支援研究部では喫緊の課題として研究班を立ち上げ、外来化学療法を適正に管理するための医師‐病院薬剤師‐薬局薬剤師の連携モデル(図2)の構築を検討し始めた。
研究班の中心メンバーでもある牧野氏は「病院薬剤師が主治医と連携してケアプランを作成し、その情報を薬局薬剤師に提供すること、そして薬局薬剤師に服薬モニタリングと病院への情報フィードバックという新しい機能を持たせること、特にこの2つが連携モデルの大きな特徴です」と説明する。研究班では、この連携モデルの実証研究を国立がん研究センター中央病院とその周辺の保険薬局で行い、その結果をもとに見直しを図り、今年度中に連携モデルを構築する計画だ。「来年度には全国的に展開をしていきたいと考えています。また、このモデルが多くの地域で運用されるようになれば①抗がん剤の副作用の早期発見につながるか、②抗がん剤を正しく服用することで生命予後をある程度維持することに貢献できるか、の2点を主要評価項目にし評価を行っていきます」と、牧野氏は抱負を語る。
「情報発信」と「情報収集」をキーワードに掲げ、あらゆるステークホルダーとの協働を試みながら、多方面での活動を展開する国立がん研究センターがん対策情報センター。その取り組みは、設立目的であるがん患者さんや家族の不安を軽減し、がん医療の質の向上と均てん化に確実に貢献している。
2013年8月取材