施設の取り組み
呉医療センター・中国がんセンター 外来化学療法センター
がん医療の分業と連携を
強力に進める
呉医療センター・中国がんセンター
外来化学療法センター
目次
01がん専門薬剤師を配置し、外来化学療法の
診療体制の整備を図る
YASUNORI ICHIBA市場 泰全氏(独立行政法人国立病院機構 呉医療センター・中国がんセンター 薬剤科 薬剤科長)
1899年に創設された呉海軍病院を前身とする独立行政法人国立病院機構呉医療センターは、広島県内だけでなく中国地方における基幹病院の1つとして高度医療を中心に診療を進めてきた。がん分野においても1965年に中国がんセンターを併設し、早くからがんの治療やケアに取り組んできた歴史がある。こうした実績が評価され、2006年には地域がん診療連携拠点病院に指定された。
同院が外来化学療法センターを新設し、全国に先駆けて外来化学療法を開始したのは2002年のことだ。現在、外来化学療法センターではベッド数17床(ベッド10床、リクライニングチェア7床)に、腫瘍内科医1名、看護師3名(内、がん化学療法看護認定看護師2名)、薬剤師5名(交代制:内、日本病院薬剤師会がん専門薬剤師1名、日本病院薬剤師会がん薬物療法認定薬剤師2名)を配置し、2012年度は月平均440.8件の外来化学療法を実施している。
薬剤科長の市場泰全氏によると、外来棟を新築したことが外来化学療法に取り組む直接の契機になったが、その背景にはより多くの患者さんを診療するためにがん医療の専門性を高めていきたいとする病院の方針があったそうだ。「最初は外来化学療法のノウハウを学ぶために国立がん研究センター中央病院に薬剤師を派遣したと聞いています」(市場氏)。同院内では血液内科医が中心となりレジメンの統一を進め、2009年にがん専門薬剤師である小川喜通氏が専任薬剤師として外来化学療法センターに配属されたことで、さらに体制が整備された。
配属された当時の状況について、小川氏は「電子カルテの端末台数が不足していたこともあり、薬剤師は患者さんの診療情報を入手することは容易ではありませんでした。」と打ち明ける。そこで、小川氏は外来化学療法の処方せんから治療を受けている患者さんの情報を取得し、データベースとして独自に構築し、レジメンの履歴はもちろんのこと抗がん剤の投与量なども確認できるようにした。その後も様々な機能を追加したデータベースは「がん化学療法管理システム」として外来化学療法センターを中心に病棟活動にも活用されている。
02化学療法の合同カンファレンスを開始し、
診療科を巻き込んだチーム医療を実践
YOSHIKAZU OGAWA小川 喜通氏(独立行政法人国立病院機構 呉医療センター・中国がんセンター 薬剤科 副薬剤科長)日本病院薬剤師会がん専門薬剤師・日本医療薬学会がん指導薬剤師
また、薬剤師が専任になったことで、外来化学療法センターの医療スタッフの分業も進んだ。がん化学療法看護認定看護師の梶梅佐代子氏は「抗がん剤や副作用に関する知識を多くもつ薬剤師が説明を行うと患者さんの理解はより深まります。私たち看護師も抗がん剤治療に伴う日常生活の工夫の提案や、患者さんが困っていることを聞き出すケアに以前よりも時間をかけられるようになりました」とメリットを話す。
薬剤にかかわる業務を看護師より引き継いだ小川氏は、副作用のスクリーニングを十分に行えるよう問診票を作成することを提案。「ある医師が使用していた問診票をベースに、化学療法委員会で他の医師や看護師の意見を反映して完成させました」(小川氏)。問診票は受付で患者さんに渡し、必要事項を記入してもらう形式だ。また、抗がん剤の点滴開始が重なり、混み合う時間帯には薬剤師が看護師の業務をサポートしながら各ベッドを回り、副作用をはじめ治療をサポートするために必要な情報を収集する。外来化学療法センターでは、患者さんの抗がん剤治療の完遂を共通の目標に、薬剤師と看護師がこまめに情報交換を行い、それぞれが得意な分野で力を発揮できる体制が出来上がっている。さらに、2011年に腫瘍内科医の木場崇剛氏が赴任してきたことを契機に診療科を巻き込んだ本格的なチーム医療も始まった。木場氏は外来化学療法センターが同センターにおける各診療科の点滴治療や支持療法を全面的に受け持つ代わりに、同センターの医療スタッフと定期的にカンファレンスを行うことを提案。その結果、ほとんどの診療科との合同カンファレンスが実現した。
「合同カンファレンスは、どの診療科とも週1回10~15分間ほど行っています。新規の患者さんを中心に担当医の治療方針や患者さんの情報を共有し、治療目標などについて話し合います。このカンファレンスには心理療法士や医療ソーシャルワーカーも定期的に参加しており、患者さんの身体的サポートだけでなく、精神的・社会的・経済的な側面からも支えることに力を入れていることが当院の大きな特徴の1つです」と、小川氏は説明する。
03地域の保険薬局との連携を強め、
経口抗がん剤治療の効果と安全性の理解を深める
2012年6月には薬剤師による「おくすり相談室」を開設し、内服薬による外来化学療法の副作用対策を中心とした新たな活動にも取り組んでいる。おくすり相談室を始めた動機について、小川氏は院内における経口抗がん剤を服用している患者さんへのサポートが十分ではなかったことを挙げる。点滴治療より内服治療に変更になった患者さんより院内での服薬指導の実施の要望が多く、おくすり相談室をスタートさせることにした。
しかし、保険薬局での服薬指導も必要であるとの考えから、薬剤科ではおくすり相談室の開設の決定後も保険薬局の薬剤師を対象とした抗がん剤に関する勉強会を続け、働きかけを行ってきた。その結果、若い薬剤師が興味を示し、保険薬局での経口抗がん剤の服薬指導が今まで以上に進んだという。そして、今では2か月に1回、地区薬剤師会と合同で勉強会を開催するまでに状況は一変した。勉強会では副作用のテーマを毎回設定し、同院と保険薬局から1例ずつ症例を出し合い、具体的な対策について話し合っている。「先日の勉強会では、皮膚障害に対する軟膏の使い方を皮膚科の薬剤を取り扱うことの多い保険薬局の薬剤師にレクチャーしてもらい、とても勉強になりました。病院薬剤師が一方的に情報提供するのではなく、お互いに学び合える関係性が出来上がっていると感じています」と、小川氏は薬薬連携の成果を語る。
また、同院では同意を得た患者さんの検査データや治療内容などの診療情報をインターネットで閲覧可能な地域医療連携ネットワークシステム「波と風ネットワーク」を構築している。従来、このネットワークシステムの利用は診療所や病院などの医療機関に限定されたものだったが、薬剤科の働きかけにより保険薬局も利用できるようになった。「保険薬局の薬剤師が経口抗がん剤の服薬指導を的確に行うためには検査データを確認する必要があります。しかし、保険薬局では患者さんから提示してもらう以外に検査データを入手する手段がなかったのです」(小川氏)。そこで、薬剤科が動いたというわけだ。「安全な医療を行うには薬剤師の関与が不可欠だという強い認識が、院長をはじめ当院の経営陣にはあります。そのため、薬剤師の位置付けも高く、保険薬局のネットワーク利用についても早急に対応することができました」と、市場氏は振り返る。当初は2軒の保険薬局でしか利用されていなかったが、合同勉強会を開催するようになったこの1年では、12軒にまで増加した。小川氏は「利用する薬局がさらに増えて、よりよい服薬指導に役立ててほしいです」と期待する。
04医師の診察前に薬剤師が重点的に副作用をチェック
一方、院内ではおくすり相談室の開設を機に外来化学療法の流れを見直した。外来化学療法における薬剤師の最も重要な役割である副作用の管理を医師の診察後に行っていたため、支持療法に必要な薬剤が追加処方になることが多く、診療の効率が悪かったのだ。そこで、医師の診察前におくすり相談室で薬剤師が患者さんから服薬状況や副作用について聞き取るように流れを変更した。「おくすり相談室では、主に副作用の軽減に使われる支持療法の薬剤量をコントロールしたり、効果を得ることができなければ医師に処方提案を行ったりしています。これらの情報は、患者さんが診察を受けるまでに電子カルテに指導記録として書き込みますので、それを確認することで医師は支持療法の薬剤を判断しやすくなりました」と、小川氏は説明する。
おくすり相談室の効果について、乳腺外科科長の山城大泰氏は「患者さんの隠れた悩みを掘り起こし、医師が気づいていない副作用を見つけてくれるので、よりよい治療につながっています」と高く評価する。さらに、おくすり相談室に期待されるのが、支持療法で使用する薬剤と生活習慣病などの病気で服用している薬剤との相互作用の確認だ。同院のがん患者さんは高齢者が大半を占め、ほとんどの患者さんはがん以外の疾患を抱えているので、安全性を高める面においてその役割は特に重要だといえる。「忙しい外来診療中、相互作用について1つ1つ確認するのは医師にとって大きな負担です。薬の専門家である薬剤師に確認してもらえることで、我々は安心して本来の業務である診断や治療に専念できます」と、山城氏は話す。
もう1つ、意外な効果もある。「医師の診察時間が短縮されて、予約枠どおり診療が進むようになりました。その理由として診察に必要な情報を事前に収集していることもありますが、おくすり相談室で患者さんの話を十分に聞いているので、それで満足されて医師との会話が短くなっているようなのです」(小川氏)。つまり、おくすり相談室は医師の負担を軽減し、患者さんの満足度を高めることにも大きく貢献しているのだ。
高齢化社会の到来でがん患者さんの平均年齢が70歳になり、どこの医療機関でも複数の診療科がかかわって治療しなければならない状況になっている。それは同院においても例外ではない。「診療の質を維持しながら円滑に行うためには、コーディネーターが必要です」と山城氏が指摘するように、同院ではその役割に薬剤師を抜擢し、がん医療の分業と連携を強力に進めている。「今、チームプレーを行えている手応えを強く感じています」と山城氏。その思いは、ともに協働する小川氏や梶梅氏も同じだ。
名実ともに中国地方のがん診療の拠点を目指す同院では、これからも院内外の連携を強め、多職種がそれぞれの専門性を発揮しながら、全人的に患者さんをサポートする理想のがん医療の現場を追求していくことだろう。そして、そのカギは、多くの診療科や部門、機能がクロスする外来化学療法センターが握っている。
2013年2月取材