閉じる

施設の取り組み
日本医科大学武蔵小杉病院 チーム むさこオンコロジー

ビジョンとEBMを原動力に
成熟したチーム医療を
実践する

日本医科大学武蔵小杉病院
チーム むさこオンコロジー

01全員でビジョンを作成し、チームの存在意義を確認

勝俣 範之氏 (日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科 教授)日本臨床腫瘍学会指導医、同がん薬物療法専門医

NORIYUKI KATSUMATA勝俣 範之氏(日本医科大学武蔵小杉病院 腫瘍内科 教授)
日本臨床腫瘍学会指導医、同がん薬物療法専門医

日本でも数少ない婦人科がん専門の腫瘍内科医として知られる勝俣範之氏が、約20年間診療に従事してきた国立がん研究センター中央病院から日本医科大学武蔵小杉病院に移り、腫瘍内科の教授に就任したのは2011年10月のことである。勝俣氏の移籍と同時に、同病院では腫瘍内科を開設し、婦人科がん、乳がん、泌尿器がんをはじめ、原発不明がん、肉腫、胚細胞腫瘍、絨毛がんなど特殊ながんに対して今では積極的に薬物療法を行っている。

新天地で腫瘍内科の診療を開始するにあたり、勝俣氏は医師(腫瘍内科医)、看護師(がん化学療法看護認定看護師)、薬剤師、事務員で構成される腫瘍内科チーム「チーム むさこオンコロジー」を結成した。 ここ数年、特にがん医療の現場ではチーム医療が診療の大前提となっているが、異なる立場の多職種がうまく協働しているところは多くない。チーム医療の成功を目指し、勝俣氏が最初に取り組んだのはメンバー全員でチームのビジョンを作成することだった。「患者さんの生活を重んじ、患者さん自身が輝けるようにサポートすること」を掲げ、このビジョンを達成するためにチームが存在することを確認し合ったという。 さらに、勝俣氏はコミュニケーションも重視しており、毎週1回1時間程度のチームカンファレンスを開催している。その内容は「 患者さんの背景や院内の診療体制を踏まえたうえで、我々のビジョンを達成するにはどのようなアプローチを行うべきかといった運営面の話し合いが中心」(勝俣氏)だ。取材に訪れた日もチームの参謀役を任されている腫瘍内科 助教の原野謙一氏のファシリテートのもと、腫瘍内科のプロモーション体制やがんの治験体制の整備、レジメンの見直しと標準化、外来化学療法のマニュアル作成など、さまざまな議題について活発な意見が交わされていた。 整備しなければならないことは山積みだが、看護師や薬剤師らとともに、患者さんの生活の質を第一とするがん薬物療法の体制を作り上げたいとする勝俣氏ら腫瘍内科医の熱い思いが医療スタッフの高い意欲を引き出している。

02週2回のジャーナルクラブで医療スタッフをトレーニング

その象徴的な取組みが毎週月曜日と火曜日の早朝に行われているジャーナルクラブだろう。勉強会を開始した当初から看護師と薬剤師も参加し、9か月経った現在では英語論文を読んだ後の議論に加わるだけでなく、2週半に1回のペースで回ってくるテーマの当番も医師と同じように担当している。勝俣氏によると、このような形で英語論文の抄読会に医師以外の医療スタッフが参加する施設はかなり少ないという。「コミュニケーションが十分にとれていても、そこにサイエンスがなければチームで最善の医療を提供することにつながりません。チーム医療を成功させる重要なポイントはEBM(evidence based medicine:エビデンスに基づく医療)を主体とすることです」と、勝俣氏はこの活動の狙いを語る。

がん化学療法看護認定看護師の小野寺恵子氏(左)薬剤師の此松晶子氏(中央)腫瘍内科医の原野謙一氏(右)

がん化学療法看護認定看護師の小野寺恵子氏と薬剤師の此松晶子氏は「ついていくのに必死ですが、医師とのディスカッションは何が良くて何が悪いのか、判断力を養ううえでとても勉強になります」と口を揃える。
一方、原野謙一氏は「医療スタッフにも批判的に論文を読む力がついてきたので、チームでの議論に広がりと深みが出てきました」と評価する。さらに、「我々医師は最新の知見や論文を読みたがる傾向がありますが、看護師さんや薬剤師さんの場合は化学療法時のケアや副作用対策に役立つ著名な論文を選んでくれるので、医師にはない視点で示唆を受けることができ有り難いです」とも話す。

このようなトレーニングを続けた結果、勝俣氏の狙いどおり今では看護師や薬剤師もEBMに基づいた治療やケアを提供することが基本になってきた。そのため、医師がEBMに基づかない化学療法や支持療法の治療計画書を提示すると、「これで本当に問題はありませんか」と、再確認してくれるようになったという。チームむさこオンコロジーに所属する看護師と薬剤師は各科から独立した形で設置されている外来化学療法室の管理も任されているため、外来化学療法の質を担保することにも確実につながっている。

また、「ジャーナルクラブでの議論は知識を共有することを目的に行っていますので、診療の場でも同様にコンセンサスを得るためのディスカッションが自然にできるようになりました」と、勝俣氏はもう1つのメリットを挙げる。たとえば制吐剤では、標準治療をベースに1人1人の患者さんの状態に合わせた使い方についてチームで議論し治療方針を共有することが日常の光景となっている。

どの職種も対等な立場で、そしてチーム全体が有機的に動けるようになったことで、きめ細かい治療やケアの提供が可能になりました。また、どの職種のスタッフが助けを求められても同じ対応ができるようになったことも意義深い。患者さんに安心感を与えるだけでなく、その孤独な心を癒すには、“あなたは1人ではありません。チームで支えていますよ”ということを実感してもらえるようなアプローチが大事で、そのことにも役立つからです」と、勝俣氏は示唆する。

03化学療法が始まる前から患者さんに積極的に
かかわることを大事に

全員でビジョンを作成し、チームの存在意義を確認

一方、化学療法はリスクの高い治療なので、腫瘍内科医は患者さんに厳しいことも言わなければならない。ときには患者さんの気持ちが引いてしまうことがあるが、そこですかさずフォローの手を差し延べるのが看護師や薬剤師だ。
化学療法における医療スタッフの役割について、小野寺氏は「患者さんと共に考える存在でありたい」と話す。
患者さんが化学療法の目的をしっかり理解していると、治療中に副作用が出たり、日常生活が変わったりしても「今は耐えるときだ」と覚悟を決めて何とか乗り越えてくれるため、小野寺氏らは化学療法が始まる前から患者さんに積極的にかかわることを大事にしている。そして、患者さんの治療に対する疑問や不安を1つ1つ解決しながら、家族背景や生活スタイルを踏まえたうえで、治療中も生活の質をなるべく落とさず、やりたいことを続けるためにはどうすればよいのかを共に考える。「患者さんの話を伺うときは、できるだけ言葉の裏にある心を読み取りたいと思っています」と小野寺氏はスタンスを語る。
岐阜地域では多層的な地域連携ネットワークにおける研修会の開催や、市民病院内に休日急病センターを設置し、当院の調剤室内で保険薬局薬剤師と協働して調剤業務を実施することなどを通じて、病院と保険薬局の薬剤師同士で顔の見える関係が構築されている。

また、此松氏によると、患者さんへのフォローをしっかり行っていると、外来化学療法が終了し内服薬だけになったときも、気軽にいろいろなことを相談してくれるようになるという。「診察を受けた後に外来化学療法室に寄ってくれる患者さんが増えてきました。相談内容は患者さんの了承を得たうえで必要に応じて診療科の担当医にもフィードバックしています」(小野寺氏)。
さらに、患者さんを支える体制の1つとして、2012年3月に患者サロンを立ち上げ、2~3か月に1回のペースで患者さんやそのご家族に交流の場を提供している。11月から病院主催となったものの、引き続き企画・運営はチームむさこオンコロジーに任されている。「患者さんからの要望で、交流会だけでなく勉強会も行うようになりました。将来的にはピアサポーターも導入したい」と、勝俣氏は抱負を語る。

04患者さんの満足度を高めるためにチームのビジョンを
院内に広げたい

腫瘍内科 秘書 森康子氏

こうして地域に根ざしたがん医療体制を着々と構築する一方で、難治性がんの患者さんに対する情報発信も課題となっている。というのも、勝俣氏のFacebookやTwitterを見て受診する患者さんが後を絶たないからだ。

現在、チーム むさこオンコロジーでは秘書の森康子氏が中心となり、ホームページを作成中。「患者さんやご家族は藁にもすがる思いで病院を探していらっしゃるので、ここなら受け入れてもらえるかもしれないと安心していただける温かみのある色とデザインにしたいと考えています」と森氏。ホームページもチームのビジョンを存分に反映したものになりそうだ。
取材中、どのスタッフも「チームのために自分ができることは何か」というスタンスで発言していることが印象的だった。その様子に勝俣氏も「お互いに補い合う気持ちが出てきて、患者さんのために働けるよいチームになっていると思います」と評価する。そして、「各職種のスペシャリティは重なり合っていて、完全に切り分けられるものではありません。お互いに補い合ってこそ、ベストパフォーマンスが可能になるのであり、成熟したチーム医療を実践することができるのです」と強調する。

勝俣氏は、チームの誰もが必要な場面でリーダーになれるよう、個々のクオリティをさらに高めることを次の目標に掲げる。
一方、医療スタッフにも大きな目標が生まれている。小野寺氏や此松氏は、腫瘍内科医と診療行動をともにしたことで、これまでに見たことがない患者さんの反応を経験した。「たとえ状態が良くならなくても医療者の対応次第で、その人らしく生きることを支えることができるのだと痛感しました」と、小野寺氏は振り返る。そして、チームのビジョンを院内のビジョンに拡大することで、がん患者さんだけでなく、より多くの患者さんに満足してもらえるチーム医療を、さまざまな場所で提供できるのではないかとの思いに至った。「各診療科を横断的にサポートする看護師や薬剤師だからこそ、院内に普及させる役割を担えると思うのです」と、小野寺氏と此松氏は意欲的だ。
腫瘍内科が開設されて、まだ1年余り。しかし、期間は短くとも、そこにはビジョンとEBMを原動力に、お互いに補い合いながら患者さんのより良い療養生活を支える成熟したチーム医療が確かに存在している ――。

患者さんとの交流を大切に

2012年11月17日に開催された「患者サロン」では、約30名の患者さん、ご家族、ご友人の方々が参加し、始終和やかな雰囲気の中、患者さん同士の情報交換が行われていました。
また、今回から「第1回武蔵小杉病院がん患者フォーラム」として病院主催となり、冒頭に勝俣先生による「進行がんとのつきあいかた」と題した講演が行われ、参加者の皆さんは熱心に聞き入っておられました。


2012年12月取材

一覧にもどる