施設の取り組み

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第14回 「病診薬連携」を切り札に切れ目のないがん薬物療法を提供 九州大学病院 薬剤部 (一社)福岡市薬剤師会

各職種が互いの領分に踏み込むことで隙間のないチーム医療が可能に

福岡市にある九州大学病院(石橋達朗病院長・1275床)は、「都道府県がん診療連携拠点病院」と「小児がん拠点病院」に指定されており、地域におけるがん診療の中核的役割を担っている。福岡県内だけでなく九州一円からがん患者が受診し、2014年の新規患者数は約3,500人に上る。また、小児から高齢者まで全世代のがん患者を受け入れているが、高齢化社会に伴い、近年は高齢者の割合が増えているという。

このような背景の中、「当院においてもがん診療における薬物療法の重要性が高まっています」と薬剤部長の増田智先氏は話す。2014年に注射抗がん薬を含む化学療法を実施した患者数は約2,500人(約17,000コース)で、そのうち外来化学療法を実施した患者数は約1,600人と全体の64%を占めた。さらに、経口抗がん薬を含む処方箋を発行された患者数は約2,000人で、そのうち外来処方は約1,700人と全体の85%を占めた。

薬剤部では、通院しながら化学療法を受ける患者さんをサポートするために、2007年4月に外来化学療法室が新設された当初から「がん化学療法服薬指導シート」などを用いて服薬指導に携わってきた。ちなみに、がん化学療法服薬指導シートは、起こりやすい副作用の説明を聞いて治療開始とともに全ての副作用が起こると勘違いされ、「治療中は絶えず副作用について注意しなければならないのか」と不安になった入院患者さんの悩みに応えて薬剤部が考案したものである。

このシートの作成に携わった薬剤部係長の池末裕明氏によると、治療スケジュールの中で発生しやすい時期を副作用ごとにマークしているのが大きな特徴で、どの時期にどのような副作用に注意しなければならないのかが一目瞭然でわかる。そのため、患者さんの悩みが軽減されたほか医師や看護師の副作用に対する認識も高まり、安全性の向上に役立っているそうだ。シートはその後、書籍化されたこともあり、各地のがん診療の現場で活用されている。

連携セミナーが病診薬連携のベースづくりに役立つ

薬剤部では院内でのサポートと同時に地域の保険薬局との病診薬連携にも力を入れ、2010年より同病院がんセンターと共同で連携セミナーを定期的に開催している。保険薬局薬剤師に対して標準治療の解説をはじめ、病棟や外来で行われている化学療法の内容や症例を紹介するとともに、緩和ケアなどの情報も提供し、ともに学び合ってきた。このセミナーには福岡市薬剤師会も共催し、これまでの6年間で延べ1,800人の保険薬局薬剤師が参加している。

「このセミナーでは副作用の初期症状をいかに早く見つけるか、予防するにはどうすればいいのかということを重点的に学べるので、日々の服薬指導に大いに役立っています。また、看護師や管理栄養士の講義も行われるので、治療だけでなく患者さんのQOLを向上させるケアの情報を入手することができ非常に助かっています」と福岡市薬剤師会専務理事の髙木淳一氏は高く評価する。

さらに、近年は緩和ケアにターゲットを絞り、グループワークによる症例検討会も始めた。「病院薬剤師と保険薬局薬剤師で5~6人のグループを作り、それぞれの立場から意見交換する参加型研修は、病院薬剤師にも新たな気づきをもたらしてくれています。特に若い世代の薬剤師には地域医療や在宅医療の現状を知るよい機会になっていると思います」と池末氏は話す。髙木氏も「立場によって異なる見解を示すと患者さんの不信感が募るので、症例検討会を通して同じ目標を持てるようになったことは患者さんの満足度を高めるうえでも貢献度が高いと感じます」と示唆する。

入院から外来へ、あるいは外来から入院へ、切れ目のないがん薬物療法を提供するために連携セミナーの活動は欠かせないものとなっている。「高齢のがん患者さんが増加する中、生活習慣病をはじめ他疾患を併存し、抗がん剤以外の薬を常用する人も多くなってきました。あらゆる薬に対応できるようにこれからもお互いに協力して連携セミナーの活動を継続させていきたいと考えています」と増田氏も意欲的だ。

薬局薬剤師が治療に関与できるよう検査値の情報提供を開始

また、連携セミナーの開催を重ねるうちに保険薬局薬剤師から「レジメン内容を共有してほしい」という要望も出てきた。そこで、薬剤部では2011年より「お薬手帳」に小さなシールを貼り、治療スケジュールの情報提供(治療の流れ、予想される副作用と発現する時期、併用する抗がん薬など)を積極的に行ってきた。しかし、保険薬局薬剤師がこれらの情報だけでがん薬物療法に深くかかわるのは限界があること、また、がん薬物療法に限らず全ての薬物療法を行う上で必要な情報であることから、2015年6月からは病診薬連携をさらに一歩進めるために検査値の情報提供を開始した。これは福岡市内の200床以上の医療機関では初めての取り組みだ。構想から約1年という短期間で実現した。

「薬剤部から検査値の情報提供をしたいとの申し出があったとき、“責任が重くなる”という声もありました。しかし、薬学部が6年制となった今、検査値を活用して患者さんに安全で効果的な薬物療法を提供するのは薬剤師の当然の務めです。当薬剤師会としては二つ返事でお受けし、大学病院に対しても要望書を提出しましたが、こんなに早く実現するとは思ってもみませんでした」と髙木氏は打ち明ける。薬剤部が急いだのには理由がある。検査値の情報を提供する医療機関が増えてくると様々なフォーマットが出てくるため、それを受ける薬局薬剤師が混乱する。地域の中核機関として圧倒的な存在感を持つ同病院が先行することで情報提供のフォーマットの統一化を狙ったのだ。また、「保険薬局には今のうちにOJTで経験を積み重ねて全体のスキルアップを図ってもらい、検査値の情報提供が福岡市内で本格的に始まったときにスムーズに対応してもらえる状況にしたい」(増田氏)とも考えた。

同病院の仕組みは、他でも行われているように院外処方箋の余白を利用して検査値を印字し保険薬局に情報提供するものだ。同病院では過去8ヶ月以内に測定された直近2回分の検査値の情報を提供している。「院外処方箋に切り取り線などを設け、保険薬局に検査値の情報を提供するかどうかを患者さんの判断にゆだねる医療機関もありますが、それでは本来サポートすべき患者さんを見逃すおそれがあり、せっかく構築したシステムも機能しない可能性があります。そこで、当院では患者さんに選択の余地を与えず、全患者の検査値の情報を提供することにしました。一方で啓発ポスター(写真)を院内に掲示し、患者さんや家族の理解を得られるよう努めました」と増田氏は工夫点について説明する。

なお、情報提供する検査値は14種類に絞り込んだ。実施することを優先したため、院内で検査項目の精査はあえて行わず、いくつかの医療機関の先行事例を参考に薬剤部で決めたそうだが、医師からの異論はなかった。

情報提供が始まる前に検査値の研修会を何度も開催

検査値の情報提供を開始して約3ヶ月が経過した現在、「保険薬局にとって“責任が重くなる”など当初、抵抗を示されたような不安は何もありません。患者さんの中には拒否する人がいるのではないかと心配しましたが、検査値について詳しく説明すると“医師が言っていたのはそういうことだったのか”と納得して喜ばれます」と髙木氏は語る。

このような状況が生まれた背景には、連携セミナーでのつながりを生かし、薬剤部と薬剤師会で検査値の研修会を何度も開催したことが大きい。「研修会では、すぐに入手できる添付文書の情報をもとに、提供された14項目のうち確認すべき検査項目を判断できるようになることを目指しました。実際の処方から作成した模擬処方と検査データを使って最初に個々で作業し、各自が出した回答を発表して全員でディスカッションする方法で進めていきました」と研修会の運営を担当する薬剤師の秦 晃二郎氏は説明する。

薬剤部では、同病院前で開局する11薬局(院外処方箋の約60%を応需)を対象に7月分の疑義照会の内容を分析したところ、約1割が検査値にもとづいた問い合わせだった。「検査項目の中では腎機能や肝機能の数値に関する疑義照会が多かったです。これらの項目は研修会で力を入れたものなので、事前トレーニングの成果が出ていると思います」と秦氏は説明する。増田氏も「1ヶ月分の分析結果ではありますが、このシステムがうまく機能していると判断しています」と評価する。この研修会は現在も継続されており、近隣の保険薬局とは月1回、平日の夜に90分の研修を行っている。「適正使用ガイドをはじめ役に立つ書籍を調べるツールなども交えながら処方と検査値についてより深く理解してもらえるよう工夫しています」(秦氏)。このような研修会を通して活用される検査項目の種類が増えていくことを関係者一同は期待している。

病院薬剤師への高い信頼がこのシステムの成功のカギ

一方、病院側の反応もよい。「検査値の情報提供は疑義照会が増えて医師の負担が大きくなるだけだと懐疑的な人もいますが、当院の場合は多くの医師が好意的に受け入れてくれています」と池末氏は状況を説明する。この理由として池末氏は「薬剤部では院内で受けた疑義照会の事例を毎月報告しているので、薬剤師がかかわることでリスクを回避できることを医師が十分に認識してくれているからでしょう」と推測する。そして増田氏も「このシステムがうまく稼働できたのは、病棟業務に従事する一人ひとりの薬剤師が何年も誠実に活動し、医師の信頼を勝ち取ってきたことがとても大きいと思います」と示唆する。

これら病院薬剤師の言葉を受けて髙木氏は「今が薬局薬剤師にとって最大のチャンス。医療機関が当たり前のように検査値の情報提供を行う時代はすぐそこまで来ています。我々も医師の信頼を得られるよう市内680軒の保険薬局で足並みを揃えて取り組んでいきたい」と強い意欲を見せる。ちなみに髙木氏の薬局では検査値が情報提供されるようになってから薬歴簿に検査値を入力し、経年的にデータを追えるようにした。「患者さんの検査データを経年的に管理しているところはないので、今後は疾病予防などの場面で活用できる可能性があります」と髙木氏。実現すれば、まさに“かかりつけ薬局”の意義も出てくる。

「検査値の情報提供によって“偶然に見つかってよかった”という時代から“確実に見つける”時代への扉が開かれたと思います。がん薬物療法が外来化学療法に大きくシフトする中、病診薬連携を核に据えて通院患者をサポートする方法を一つひとつ開拓していきたいと考えています」。増田氏は最後にこう力強く締め括った――。


2015年9月取材

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