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医療制度トピックス

共生社会の実現へ 認知症基本法成立

認知症患者は、2025年に約700万人(65歳以上の約5人に1人)になると推計されている中、2023年6月14日に認知症に関する初の法律「共生社会の実現を推進するための認知症基本法(以下、認知症基本法)」が成立しました。

また、医療・介護の連携・調整をより一層進める観点で、2023年3月から5月にかけて、「令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会(以下、意見交換会)」が開催。意見交換会には、中央社会保険医療協議会や社会保障審議会介護給付費分科会の会長なども参画し、議題の一つとして認知症が取り上げられ、意見が交わされました。今後の同時改定に向けた審議の中でも、認知症のさらなる対策が検討されており、動向が注目されます。

認知症基本法は「当事者参加」に重点、共生社会の実現を推進

認知症基本法の目的は、認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができるよう、認知症施策を総合的かつ計画的に推進し、認知症の人を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会(共生社会)の実現を推進することにあります。この目的に向けて、国・地方公共団体が一体となって施策を講じることを責務とするほか、国民には正しい知識と理解を深め、共生社会の実現に寄与するよう努めることを求めています。

認知症基本法の基本理念では、▽全ての認知症の人が基本的人権を享有する個人として、自らの意思で日常生活や社会生活を営める▽全ての認知症の人が意見を表明する機会および社会のあらゆる分野の活動に参画する機会を確保する▽認知症の人の意向を十分に尊重しつつ、良質かつ適切な保健医療・福祉サービスが切れ目なく提供される-などの7項目を掲げています。「認知症の人の意向を十分に尊重」とあるように、認知症基本法では「当事者参加」に重点を置いていることが大きなポイントです。

さらに政府は内閣総理大臣を本部長とする「認知症施策推進本部」を設置。今後、施策を推進するための基本計画を策定しますが、その際に「認知症の人や家族などで構成する関係者会議」を設けて意見を聴くことを義務付けています。都道府県・市町村に対しても、それぞれが計画を策定する際に当事者の意見を聴くことを努力義務に位置づけました。認知症の人や家族の声に耳を傾けることで、今ある医療・介護サービスをより良くし、共生社会を「共につくり上げていく」ことが期待されています。

認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる「共生」を目指し、2019年にまとめられた「認知症施策推進大綱」では「共生と『予防』(“認知症にならない”という意味ではなく、“認知症になるのを遅らせる”“認知症になっても進行を緩やかにする”という意味)」が基本的考え方などに記載されていましたが、認知症基本法では、「予防」は治療やリハビリ、社会参加、環境整備などと並ぶ施策の一つとして記載されています。

独居認知症高齢者が増加傾向、認知症の早期発見を促す具体策の検討を~意見交換会

厚生労働省は、前回の2022年度診療報酬改定において、「認知症専門診断管理料」や「認知症治療病棟入院料」の見直しなどを行いました。2021年度介護報酬改定では、認知症ケアに携わる介護従事者のうち、医療・福祉関連の資格を取得していない介護従事者に対し、「認知症介護基礎研修」の受講を義務付け(3年の経過措置期間を経て、2024年度からは完全義務化)。また、訪問系サービスでは「認知症専門ケア加算」が新設されるなど、認知症対応への評価が強化されてきました。

意見交換会では認知症について、75歳以上の高齢者の増加に伴う認知症の人の増加に加え、独居世帯の認知症高齢者の増加が指摘されました。厚生労働省が提出したデータによると、2015年~2040年の25年間で独居世帯の85歳以上の認知症高齢者人口は男性で2.80倍、女性で2.03倍に増加(図表1)。認知症高齢者は非認知症に比べて在宅継続率が低く、さらに独居認知症高齢者は非独居認知症高齢者よりも在宅継続率が低いことが示されました。

(図表1)独居世帯の認知症高齢者数の推計

(図表1)独居世帯の認知症高齢者数の推計

出典:厚生労働省 令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会(第2回)資料-2参考1 (一部抜粋、改変)

独居高齢者は生活支援者が不在である可能性が高いことから、「情報を入手して医療・介護の提供を含む必要なサービスにアクセスすることが困難」「社会的孤立のリスクが高い」など多くの課題を指摘。これらについて、医療・介護の専門職の役割にとどまらず、認知症サポーターや多機能系サービス(小規模多機能型居宅介護など)の活用により地域での生活を支えることが重要だ-との意見も出されました。

これらを受け厚生労働省は、独居高齢者が認知症に早く気付いて社会生活を続けられるよう、医療や介護、服薬支援・生活支援などのサービスの適切な提供を後押しするための対策を「検討の視点」の一つに位置づけ。また、認知症対応で重要な早期発見・対応を進めるためには、▽日ごろからの地域における社会参加活動▽身近な存在であるかかりつけ医による健康管理▽医療機関・高齢者施設などでの適切な治療の実施▽容態に応じた療養の場での適切なサービスの提供-などを含めた重層的な医療・介護提供体制を構築することが重要として、今後その具体策を検討することとしています。

適切な「ケア」実施も評価を

医療機関・介護保険施設では、人材育成とその活用とともに、認知症対応力の向上をさらに進める必要がある中で、認知症の早期発見のため、介護従事者が、より簡便かつ短時間に、認知症の認知機能、生活機能を評価できるような指標の確立が求められていることに言及。多職種で連携しながらBPSD(易刺激性、焦燥・興奮、異常行動、妄想などの認知症に伴う行動・心理症状)への対応やBPSDを未然に防ぐケアを行い、本人の意思を尊重した認知症対応力の質を一層向上させることも求められるとしています。これに対して、意見交換会の委員からは▽認知症対応の専門知識・技術を持つ看護師が介護施設などでスタッフ研修を行うことでBPSDを軽減できる▽介護報酬では認知症対応の「体制」のみが評価されているが、LIFEデータの分析も含め、適切な「ケア」実施も評価すべき-などの意見があげられました。

「生涯カルテ」などの情報が患者に付いて回る仕組みを

また、入退院時の情報連携に対する報酬上の評価や、情報提供の標準様式が示されるなど、入退院時における医療・介護間の情報連携は進められてきましたが(図表2)、認知症の人の診断・治療やケアに必要な治療経過(合併症を含む)や生活背景などの情報共有方法は医療機関や地域により差があり、必要な情報が適切に共有されていない可能性があります。厚生労働省は、連携のあり方や連携の推進に必要な方策を「検討の視点」に挙げており、委員からは「他疾患以上に生活歴や生き方、考え方を知る必要があり、『生涯カルテ』や『ポートフォリオ』のような情報が患者に付いて回るような仕組みを考えるべき」との具体的な提案もなされました。

(図表2)入退院時の医療・介護連携に関する報酬(イメージ)

(図表2)入退院時の医療・介護連携に関する報酬(イメージ)

出典:厚生労働省 令和6年度の同時報酬改定に向けた意見交換会(第2回)資料-2参考1 (一部抜粋、改変)

急性期病棟における高齢者の増加や高齢者の救急搬送が課題

7月上旬の中央社会保険医療協議会・総会では、入院医療全般について意見が交わされました。高齢化に伴い、看護配置7対1の「急性期一般入院料1」の算定病棟において、認知症や要介護状態の高齢入院患者の割合が増加し(図表3)、高齢者の救急搬送件数も増加傾向が示されました。このため議論では、急性期病棟と高齢者の療養生活を支える役割を担う地域包括ケア病棟の機能分化の促進が大きな論点となっています。

(図表3)入院料ごとの認知症の有無

(図表3)入院料ごとの認知症の有無

出典:厚生労働省 中央社会保険医療協議会 総会(第548回)議事次第 総-4 (一部抜粋、改変)

厚生労働省のデータによると、「急性期一般入院基本料1」の届出病床数は2021年から微増が続いており、入院患者の内訳では認知症のある患者や要介護状態にある患者も一定割合存在。一方、「地域包括ケア病棟入院料」については、在宅患者の急変時の受入体制を強化する観点から、2022年度診療報酬改定の際、一般病床から届出を行う場合は救急告示病院などであることを要件化する見直しが実施されました。しかし、実際の救急搬送受入は年100件以下の医療機関が多く、介護施設や福祉施設から入院する患者の受入先では「急性期一般入院基本料1~7」の算定病棟が全体の75%を占めています。

こうした現状を踏まえ厚生労働省は、急性期病棟と地域包括ケア病棟の機能分化を促進し、個々の患者の状態に応じた適切な医療資源が投入される効率的で質の高い医療の提供を推進することを、入院医療の論点の一つに位置づけています。

 認知症基本法では、国として認知症とどう向き合っていくのかという方針が明示された中、厚生労働省が財務省に提出した2024年度予算概算要求では、認知症施策の総合的な推進として141億円を要求しています。2024年度の同時報酬改定でも、認知症への更なる対応強化の方針を打ち出しています。医療業界だけでなく、共生社会として認知症施策が進んで行くことが期待されています。

(編集:株式会社日本経営)
※本稿は2023年9年12日時点の情報に基づき作成いたしました。

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