施設の取り組み
群馬心不全地域連携協議会
心不全地域連携 全県一体で取り組みをスタート
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公益社団法人 群馬県医師会 会長/須藤病院 院長
須藤 英仁 先生
公益社団法人 群馬県医師会 副会長/川島内科クリニック 院長
川島 崇 先生
群馬県立心臓血管センター 副院長・心臓リハビリテーション部長
安達 仁 先生
心不全パンデミックが叫ばれるなか、群馬県医師会では、心不全で苦しまない県をめざして、医師会が中心となって県内のすべての医療機関が協力する連携体制を開始した。全県一体となっての本取り組みについて、その背景から現在の活動、今後の課題に至るまで、群馬心不全地域連携協議会の会長である須藤英仁先生、副会長である川島崇先生および安達仁先生にお話を伺った。
目次
01群馬心不全地域連携協議会〜設立の背景
須藤先生:2018年12月、「脳卒中・循環器病対策基本法」(健康寿命の延伸等を図るための脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る対策に関する基本法)が国会で成立し、これにより循環器病対策が、当時議論の先行していた脳卒中対策と同一のベースで扱われるようになりました。健康寿命と実際の寿命には約10年の乖離があるといわれており、介護が必要な期間をいかに短縮していくかがこの法律の最大の目的です。心不全では、症状が顕在化するまでに非常に時間がかかり、そして顕在化したときにはすでにステージが進行していて改善しないという問題があります。群馬県においてこの問題に対応していくために、川島先生と安達先生が中心となって本当にご尽力くださいまして、2021年4月、群馬心不全地域連携協議会(以下、協議会)が発足しました。
須藤 英仁 先生
川島先生:私は開業医なのですが、開業して年数が経ち患者さんが高齢化してくるにつれ、心不全の方がかなり増えて入退院をくり返すようになってきました。今後も心不全の患者さんは増える一方と考えられるなか、病院だけですべての患者さんをずっと診ていくのは不可能です。やはり、普段はクリニックで診て、困ったときに病院に診てもらうという体制をとっていく必要があると思いました。そのためには、循環器が専門でないクリニックであっても一定レベルの心不全診療ができ、病院ときちんと連携がとれなければなりません。私は県医師会でこれまでに糖尿病やCOPDの診療連携に関わってきており、心不全についても同様に県医師会としての連携体制をつくりたいと考え、県内の心不全診療の中心的な病院である群馬県立心臓血管センター、前橋赤十字病院、群馬大学医学部附属病院(以下、大学病院)に声をかけて相談しました。これが後の協議会の発足につながりました。
川島 崇 先生
安達先生:心不全は病態解明が進んで治療法も確立してきました。現在では診療ガイドラインがしっかり整ってきており、現場の診療も当然それに則ってなされるべきですが、残念ながらすべての医療機関で実施できている状況ではないという現実に私も課題を感じていました。そのようななか、県医師会から「医師会が中心となって心不全診療の連携体制をつくる」という話があり、非常によいことだと私は思いました。県医師会が中心となれば、県下の先生が広く参加してくれ、県内の心不全診療が均一化できるようになると思ったわけです。そして、病院は外来を減らして専門的な心不全診療を行い、クリニックはその窓口になるという連携、つまり2人主治医制が組めるチャンスと考え、患者さんがわざわざ遠くの病院まで受診しなくても、県内のどこでも安心して心不全を診てもらえる連携体制を協議会としてはじめようとなりました。
安達 仁 先生
川島先生:県医師会を中心に活動できる前提として、群馬県は人口が約200万人で全県一体の体制がとりやすい規模という点があります。また、コロナ禍では少なくなっていましたが、もともと地域の医療者の勉強会などが盛んで、私もよく参加して懇親会などでさまざまな先生とお話ししていました。病院の先生方ともいわゆる“顔の見える関係”でしたので、いざ連携したいとなった際にも声をかけやすかったという点もあります。
須藤先生:医療資源としても非常に恵まれている地域で、県の中心地である前橋市には先述の大学病院、県立心臓血管センター、前橋赤十字病院があります。そのため、前橋市医師会の先生方が2人主治医制の考え方をもともともっていたという点も今回の連携がとりやすかった理由かと思います。
02協議会の取り組み① 心不全健康管理手帳
安達先生:川島先生が中心となって、まず各地区医師会と大学病院・前橋赤十字病院・県立心臓血管センターの主要3施設が集まって話し合いをはじめました。他地域の取り組みや心不全手帳を参考にしながら、よりよい診療連携ができるようにしようと、できるだけ他職種にも参加してもらいながらみんなで相談を重ね、2021年の協議会発足まで約2年かかりました。
川島先生:そのなかでできたものの1つが群馬県の心不全健康管理手帳です(図)。これは患者さん用の手帳ですが、実は患者さんのためだけでなく、われわれ医療者にも使えるというコンセプトでできています。心不全の基本的な知識がわかりやすく説明されているので、私のような循環器を専門にしない医師にとっては大変勉強になり連携にも役立つのです。もちろん、実際の診療ではほかに注意すべき点や細かな点などが多数ありますので、医療者用の資料*も別途作成してあり、手帳を使って患者さんの指導や治療を行う際の参考にできるようになっています。
*群馬県心不全連携医療者用資料。協議会のホームページからダウンロードできる。(https://www.gunma.med.or.jp/heart/docs/ 2023年5月閲覧)
図:群馬県の心不全健康管理手帳
(提供:群馬心不全地域連携協議会)
安達先生:現在、心不全はステージA〜Dに分けられ、Aは器質的心疾患のないリスクステージで高血圧・糖尿病・肥満などの方々です。したがって非常に人数が多く、手帳の発行部数に限りもあるため、まずはステージC、つまり心不全症状がある患者さんで、かつ一定の理解力がある方に手帳を渡すところからはじめました。最近では、私はステージBの方でも自己管理ができていない方には渡すようにしています。
手帳の前半は、心不全を悪化させないポイントを知ってもらうパートで、後半は日々の体重と血圧・脈拍などをチェックしてもらう自己管理ノートとなっています。どの部分をどのくらいの大きさにするか、表現はどうするかといった細部まで関係者で相談しました。
川島先生:今は、心不全で入院した患者さんに病院で手帳を渡して最初の説明をしてもらっていますが、できることなら今後、入院したことがない患者さんにも手帳を広げていくために、クリニックでも患者さんに渡して説明できるようにしていきたいと考えています。
須藤先生:この手帳を自分で使える患者さん、つまり継続して記入ができる方は、やはり限られてしまうという声は聞きます。それは、多くの方が非常に高齢であったり、認知症の症状が出たりしているため、手帳の利用自体がなかなか難しいからです。一方で、まだまだ働き盛りで、しっかり健康管理できれば少しでもよい状態を維持できるという方であれば、手帳は効果的という声も聞きます。ですから、今後手帳を渡す対象を拡大していくことは価値のあることではないかと思っています。
安達先生:大阪では、高齢患者さんの場合は家族や介護の方に手帳をつけてもらうという先行事例もあります。群馬県でもそこまでできればまた状況が違ってくると思いますが、まだできていません。実は手帳の検討段階では、他職種が患者さんのいろいろな情報を医師に伝えるための申し送り表もつくっていたのですが、非常にボリュームが多く煩雑になってしまうのが難点で、現在の手帳では申し送り表としては最後に1ページのみとなっています。今後、そのような点の改良を含めて、多職種で使える心不全連携手帳にしていけたらと思っているところです。
須藤先生:やはり多職種で、訪問看護や訪問介護の方までこの手帳を理解して一緒にチェックしてもらえれば、その時々のタイムリーな患者さんの情報が得られて診療に非常に役立ちますよね。
安達先生:その通りです。訪問時にまずは体重と脈拍を診てもらって、そこで体重が妙に増えていたら浮腫を疑い、側にお煎餅などの塩分が高いお菓子の袋があるなら摂取を控えるように伝えていく。そのようなことが心不全での入院を防ぐことにつながります。医師だけで診ることができる病気ではありませんから、心不全そのものをいろいろな職種の方が知って、連携手帳を県内に広めていく必要があると思います。
川島先生:多職種の巻き込みについては連携開始当初よりずっと考えているのですが、正直、コロナ禍と重なってしまった影響は大きかったです。各地区でもともとあった多職種の勉強会もしばらくストップせざるをえず、オンライン開催だけではなかなか難しさもありました。ようやく最近、看護師やリハビリテーション関係者などの多職種が所属する部会を新たに立ち上げることができ、よりよい心不全地域連携をめざして本格的に多職種連携に取り組んでいくところです。また、心不全地域連携については、われわれ開業医にもまだ十分に浸透しているとはいえないので、まずはクリニックにしっかり浸透させて、そこから在宅や多職種にも連携の輪を広げていく、今はその流れをつくっていく途中段階だと思います。
03協議会の取り組み② 顔の見える関係と紹介・逆紹介
須藤先生:慢性心不全についての勉強会がよく開催されるようになり、そこで病院の先生とクリニックの先生が一緒に話し合う機会が非常に多くなりましたよね。
川島先生:はい、そのような会でお話しした先生と病診連携しやすくなりました。やはり自分の専門ではない心不全の診療は、「こんな患者さんを紹介していいのだろうか」「早すぎはしないか、遅すぎはしないか」「そもそもこれでいいのだろうか」などと悩むことが多いのですが、そのような点を相談しやすくなりました。また、専門ではなくてもここまでは診られるという自分の診療の幅も広がって対応しやすくなりました。
安達先生:私があちこちで「早期発見のためには息切れ症状が重要」とお伝えしているせいか、「息切れがあるからちょっと診てほしい」という紹介は増えています。実際に心不全の息切れの場合もあれば、COPDやまったく違う息切れの場合もありますが、少しずつ心不全の掘り起こしになっていると思います。また手帳では、「このような症状が出たら黄色信号、赤信号」として患者さんの受診や紹介の基準を明記しましたので、以前より紹介・相談はしやすくなったのではないかと思います。逆に専門病院としては、「こんな患者さんを帰したらクリニックの先生が困るかもしれない」という気持ちもあり、そこも含めてまだまだ連携が必要だと感じています。
川島先生:そうですよね、やはり患者さんを逆紹介するにあたっても、受け入れ先のクリニックの様子がわからないと病院も心配でしょうし、逆紹介自体に疑問をもってしまう場合もありますよね。紹介・逆紹介いずれにおいても、お互いの顔が見えることが重要ですね。
安達先生:心不全診療における各医療機関の役割分担については徐々に慣れてもらえればよいと思いますし、正直まだ多くの先生は「そういう協議会がはじまった」くらいの認識でしょうから、われわれも連携の内容をより具体的に示していく必要性を感じています。
須藤先生:役割分担でいえば、県立心臓血管センターのような専門的に診る病院と、症状が安定しているときにこまめに診察するクリニック、そして、症状が少し悪化したときに短期間の入院治療を行う病院に分けられます。当院は3番目の短期入院を行う病院に該当しますが、そこでの私たちの一番の悩みは、患者さんが非常に高齢だということです。そのような方を本当に専門病院に送ってもよいのかについては、いつも大変悩むところです。
安達先生:それはその通りだと思います。今は、心不全の手術や薬が進歩し、ただ治療するだけであればいくらでもできてしまいます。それが本当に患者さんのためになるのかという現場の声は常にありますし、また、それで病床が埋まってしまった分、若い方の心筋梗塞を受け入れられないといった事態も起こってきます。「具体的にこの患者さんではどうすればよいのか」という、診療ガイドラインには書いていない問題について、関係者がもっとコミュニケーションをとっていかなければならないと思っています。普段から患者さんの一番近くにいるクリニックの先生や家族を中心にみんなで考えて、群馬県のコンセンサスのようなものをつくっていけるとよいのかもしれません。
04心臓リハビリテーション普及の必要性
須藤先生:そのほか、心臓リハビリテーション(以下、心臓リハビリ)をどうするかという問題もあります。心臓リハビリの提供は、施設基準の面で私たち二次救急の病院にはかなりハードルが高く、当院では現状算定がとれないので県立心臓血管センターにお願いしています。
安達先生:心臓リハビリは包括的な心疾患治療で、運動療法・食事療法・生活指導などを行います。ですから、必然的に多職種がかかわる必要がありますが、現実的にはすべての職種が患者さんの目の前にいることは難しい。そこで日本心臓リハビリテーション学会は、他職種の知識と技術もカバーできる人材の育成を理念に掲げ、2000年に「心臓リハビリテーション指導士(以下、心臓リハビリ指導士)」の認定制度を発足させました。その後、厚生労働省が、心大血管疾患リハビリテーション料の施設基準にある「心大血管疾患リハビリテーションの経験を有する」ことの例として、心臓リハビリ指導士の研修を挙げたこともあって、須藤先生のおっしゃるように心臓リハビリ提供のハードルが上がりました。
冒頭にお話のあった脳卒中・循環器病対策基本法でも心臓リハビリの提供について書いてあるのですが、そもそも高齢者の多くは遠くの大きな病院まで自力で通うことができません。そのような方に対して、通院して本格的な有酸素運動・抵抗運動ができない代わりに、例えばYouTubeを使ったり、訪問看護や訪問リハビリの方の力も借りたりして、自宅でも運動ができるようにしたいと動き出しているところです。
川島先生:心臓リハビリの難しさは、一般国民にもイメージがまだ浸透していないこともありますよね。例えば、脳卒中のリハビリなら患者さんも「動けるようにリハビリを頑張らないといけない」とよくわかっていると思います。ところが、心臓のリハビリとなると、実際に何をするのかが患者さんに浸透していないのと同時に、医師にもまだまだ浸透していないと感じます。そこが浸透してくると、われわれがクリニックで診ているときにも食事の話をしたり、家庭でできる運動の話をしたりできるようになると思うので、心臓リハビリのイメージ普及の面からのアプローチも重要だと思います。
安達先生:心臓リハビリの主眼は心臓の治療です。心臓病の治療は手術や薬だけでは不十分で、当センターでは手術後に3週間の心臓リハビリ入院を行っています。運動療法で筋力や体力が向上すると、血管が広がりやすくなり、心臓が楽に動けるようになります。実際に、気づくと浮腫がとれていた、BNP値が下がったという方はたくさんいます。また、食事療法で減塩食を食べて相当元気になったという方もたくさんいます。心臓病の治療には心臓リハビリも必須であることを協議会の活動を通じて伝えていきたいです。
05これからの心不全地域連携に向けて
須藤先生:これまでのお話にもあったように、これからの医療で大切なのはやはり“連携”です。医療の専門分化が進み、また高齢の患者さんが増えるなか、1つの医療機関、1つの職種では患者さんの治療は成り立ちません。ましてや、高齢患者さんが抱える病気は心不全だけではなく、例えばCKDのように互いに関係し合う多病の状態にどのように対応していくかという点が大きな問題になってきます。そして、病気の治療だけでは不十分で、患者さんの生活を支える介護の力も必要です。これらすべてにわたる連携が、県内のなるべく小さな地域ごとにできるような仕組みをつくりながら、心不全を含めて患者さん全体を診ていけるような体制としていくことが大事ではないかと思います。
川島先生:県全体で、まず病院同士が連携して、次に病院とその地域のクリニックが連携して、そこに介護施設も巻き込んでいくような図式ですよね。各地区の連携はすでにある程度の基盤がありますので、今後そこにわれわれが、手帳を中心とした心不全連携を落とし込んでいくことで、関係する職種の方にも心不全を理解してもらって、連携を広げていきたいと思います。あまり難しい話と捉えずに、職種によっては患者さんと同じくらいの知識でもよいと思います。大事なのは、患者さんの具合の悪いところにいち早く気づき、それを医師にうまく伝えてもらうことです。そうすれば、われわれも対応しやすいですし、お互いに信頼関係も生まれます。まもなく勉強会なども再開していけると思いますので、ぜひいろいろな方に連携の輪に入ってきてほしいです。
安達先生:心不全は大きな問題であり、特に高齢者では介護まで含めて考えていかないといけないと私も思います。そのためにも、この手帳をもっと普及させなければなりません。手帳を使って、他職種の方にも心不全の体重・脈拍の診かたなどを具体的に伝えられたら、より正確に診てもらえると思いますので、さまざまな多職種連携の取り組みが連動して動く必要があります。また、医師同士でももう少しコンタクトを取り合いたいと思っていますし、役割分担した医療機関同士のつながりも引き続き重要です。関係者で一丸となって患者さんのためによい仕事をしていきたいと思いますので、みなさん、これからもどうぞよろしくお願いします。
(取材日:2023年2月27日、取材場所:ホテル1-2-3前橋マーキュリー)