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施設の取り組み

岐阜大学医学部附属病院/なわ医院・乳腺クリニック

がん薬物療法を取り巻く専門医とかかりつけ医の協働
~これからの地域包括ケアにおけるがん診療のあり方~

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01がん診療における地域医療連携:専門医の立場から

二村 学先生

二村 学先生(岐阜大学医学部附属病院 乳腺外科長)

医療連携における総合診療医と専門医の協働

私は岐阜大学医学部附属病院の乳腺外科において乳腺疾患を中心とした診療をしています。当科を受診される患者さんの95%は乳腺疾患で、その約5%が良性、90%は悪性疾患です。他の5%は腋窩リンパ節に転移をきたす頭頚部がん、子宮がん、皮膚がんなどの患者さんであり、日常診療では乳がんに加え、腋窩の外科のエキスパートとして他の診療科と連携をしつつ、がんの臨床に携わっています。

当科でがんの手術を受けた患者さんの約9割は、紹介元の医師にお返しすることを基本とし、紹介元での対応が難しい場合には、近隣で対応可能な医院を紹介しています。

がん患者さんの術後管理において重要となるのは、手や関節などの痛みのコントロールに加え、鬱病など精神的疾患、骨粗鬆症、脂質異常症、糖尿病、脂肪肝などの身体的疾患といった、さまざまな有害事象のコントロールです。治療が長期にわたるほどそうした問題が生じてきます。紹介元が乳腺や外科の専門医の場合、術後の管理はほぼすべてお任せしますが、実際に地域で最も多いのは内科医院です。そこで連携先が内科医の場合には、総合診療医としてさまざまな心身の疾患を診ていただき、局所は私達が診るといった役割分担をします。このような連携は、患者さんにとっても非常に有益であると考えています。

岐阜では、医療連携の推進とがん医療の均てん化を目指し、胃がん、大腸がん、肝臓がん、肺がん、乳がん、前立腺がんの治療において、県内統一様式の「岐阜県地域連携パス(連携パス)」を運用しており、私自身、連携パスの責任者としてこの取り組みを推進してきました。連携パスは小さな手帳ですが、そのなかに患者さんの病歴がすべて書かれています。当初は早期ステージの患者さんのみを対象としていましたが、今では可能な限りすべてのがん患者さんを対象にしています。具体的な連携の内容は送り手と受け手との相談で決めます。例えばHER2陽性やトリプルネガティブ乳がんといった場合は化学療法の選択が決定的ですので、基本的には治療終了まで当科で診療します。一方、ホルモン療法の場合は急激な変化が生じることは稀ですので、ご自分でクリニックに通うことができる患者さんは基本的にすべて連携適応とし、長期的な内科的フォローを含めかかりつけ医にお願いしています。患者さんには術前に、手術が終わったら地域の病院と連携しつつ治療することについて同意とサインをいただき、術後に連携パスを発行します。

医療均てん化のための地域のチーム医療を目指して

患者さんに質の高い医療を提供するという観点でみると、今後がんの診療は、特に地方ではがん拠点病院に集約されてくると思います。例えば年に数例しか手術しない病院と100例以上手術する病院のどちらを患者さんが選択するかというと、当然、手術件数の多い病院になっていくでしょう。一方、集約化が進むほど、がん拠点病院ですべての患者さんをフォローすることは不可能であり、地域で診なくてはなりません。まさに大事なことは、役割分担の上に立脚した地域のチーム医療です。そうして、地域の先生方のお力を借りる代わりに、必要とされる経済的なフォローが充当されるシステムも作ってきました。連携により私達は局所の重要な部分をピンポイントに診ることができ、力を注ぐことが可能になります。また、連携は我々医師だけでなく、ソーシャルワーカーや地域の薬局の薬剤師さんを含むメディカルスタッフなど、地域のチーム医療の育成でもあります。教科書も答えもないなかですが、患者さんに提供できる医療の均てん化を目指し、意欲をもって取り組んでいけば、岐阜独自の医療連携の進化した形態が将来残っていくと考えています。

がんの治療は高額になることが多く、その均てん化のためにも、基本的にジェネリック医薬品は推薦されるべきだと考えます。特定のお金持ちしか受けられない治療であってはならず、エビデンスが確立した良質の薬剤は誰もが使えるようになることが基本だと思います。国の医療費削減という観点に立っても、使用可能なものに関してはジェネリック医薬品の使用が妥当と考えます。今ではジェネリック抗がん剤の使用も増えており、そのポジショニングはかなり確立されてきたと言えます。

02がん診療における地域医療連携:かかりつけ医の立場から

名和 正人先生

名和 正人先生(なわ医院・乳腺クリニック院長)

地域医療連携の患者さんと医療者にとってのメリット

当院は岐阜の地方都市大垣市の郊外に位置しています。風邪や生活習慣病などの内科的疾患から外傷・腰痛などの外科・整形外科的疾患まで幅広く診療を行う“家庭医”、俗な言い方なら“町医者”です。患者さんには0歳の予防接種の乳児もいれば、100歳の終末期在宅患者さんもいます。診察よりも、地域の方々とお話しに来るのが目的という患者さんも少なくなく、地域のコミュニティセンター的な役割ももった昔ながらの診療所です。

2年前に私が継承してからは、これら一般診療に加え、私が勤務医時代から従事していた乳腺外科も標榜しています。当院乳腺外科では検診で要精査となった方や腫瘤触知などの自覚症状で来られた方から、マンモグラフィや超音波を用いて乳がん症例を見つけ出し、大学病院などの基幹病院に紹介しています。紹介先で必要な手術や化学療法を行っていただいた後に当院に戻っていただき、連携パスを用いた術後フォローアップを行います。もともとは外科医として、消化器や肺がん患者さんも多くみていた経験を活かし、乳がん以外の連携パスの患者さんも積極的に受け入れており、現在ではかなりの人数を連携パスで診ています。

患者さんにとってのがん治療の病診連携のメリットは、アクセスの良さにあるかと思います。アクセスには距離・時間的なものと、心理的なものがあります。地域性があるとはいえ病院に行くにはそれなりに時間がかかりますし、どの病院でもそれなりに待ち時間がかかります。そのため、病院での診察を受けるために半日、場合によっては丸1日を潰してしまいます。さらに病院外来の多くは平日午前中に限られており、休暇がとれない患者さんにとっては大変な問題です。それに対して、自宅や職場近くのクリニックであれば空いた時間にわずかな待ち時間で診察が受けられます。診療時間も仕事帰りにも寄れる夕方であったり、土曜日も診療していれば診察のために仕事などを休む必要がありません。心理的なアクセスでいえば、いままでも診てもらっていた、家族・知人がずっと診てもらっていた、そしてそこに行けば必ずいる先生が引き続き診てくれるということは、再発という不安と常に闘っているがん患者さんにとっては非常に心強いことだと思います。

病院・診療所側にもメリットがあります。私はまだ地域連携が機能していなかった頃、大学病院に勤務していました。当時は、初診から術後フォロー、果ては終末期ケアまで主治医がすべてを抱え込んでいました。当然、診療に時間をとられ、本来大学病院が行うべき研究、臨床試験、教育といったものに手が回りませんでした。大学病院でなくてもよい診療については、かかりつけ医に任せることで時間的余裕が生まれ、本来の大学病院の仕事に専念してもらえます。診療所においても、連携患者さんを受け入れることで『がん治療連携指導料』(月300点)が請求できるという経済的メリットだけではなく、大学病院とのつながりなどをアピールすることもできます。また、最新のがん治療とつながっていることで診療所医師のモチベーション維持にもつながります。

乳がん診療と一般診療をつなげる意味

乳がん診療で重要な役割を担う術後補助内分泌療法は長期に及びます。タモキシフェンの場合、以前の5年投与から新たなエビデンスの出現によって10年投与が標準になりつつあります。この10年間は、年齢的に血圧が上昇し、脂質や糖代謝異常といった生活習慣病が出現し始める時期、骨塩量低下等が始まり運動器疾患が増加し始める時期とも一致します。この期間に食生活の改善や運動を呼び掛けて生活習慣病や予防を働きかけること、早めに診断し適切な加療を開始することが以後の重症化を予防し、より良い高齢期を迎えることにつながると思います。逆に、生活習慣病や運動器疾患が出現し通院を開始した患者さんには広く乳がん検診(もちろん他がんの検診も)を訴えかけることで、乳がんの早期発見例も増加していくことと思います。これらは病院の先生たちには出来ない仕事だと思います。また、この年代の女性は家族の大黒柱です。両親の介護を仕切るのも、病院に行きたがらない夫や子供たちを病院に行かせるのもこの世代の女性です(反論はあるかと思いますが)。この方たちにがん検診のこと、生活習慣病のことをよく理解していただくことこそがすべての方の健康につながると言っても過言ではないでしょう。それができるのが乳腺科医の知識・技術をもった家庭医だと信じ日々診療をおこなっております。長く行う診療だからこそ経済性のことも考えねばなりません。そのためにはジェネリック医薬品を使用するメリットは大きいかと思います。

地域のクリニックであっても専門的な目でがん患者さんを診療できるということを強みに、今後も医療連携のもと、患者さんに寄り添った診療をしていきたいと考えております。

03がん診療における地域医療連携:病院薬剤師の立場から

石原 正志先生

石原 正志先生(岐阜大学医学部附属病院 薬剤部)

病院薬剤部におけるがん診療の地域連携支援

私は、薬剤部に所属するかたわら、先端医療・臨床研究推進センターに所属し、主にがん治療の治験や臨床研究に参加される患者さんに対してコーディネーターとして、また一人の薬剤師として支援を行っています。また院内の緩和ケアチームの薬剤師のひとりとして、さらにがん相談支援センターのメンバーとして、院内・院外問わず、がん治療や治験・臨床研究に関する相談を受けています。

当院における連携パスの取り組みは2010年に五大がんを対象に開始されました。当院薬剤部では、がん患者さんが退院され紹介元に戻られる際に、情報提供を含むサポートを行っています。具体的には「薬剤管理サマリー(施設間情報連絡書)」を作成し、他施設へ情報提供しています。これは、医師同士の連携で使用される紹介状のような、薬剤師間の連携ツールで、2通作成し、1通は患者さんのお薬手帳に添付し、もう1通は調剤薬局あるいはクリニックや施設に、患者さんからお渡ししていただいています。薬剤管理サマリーには入院中の治療内容を含む経過だけでなく、「禁忌」、「アレルギー歴」、「副作用歴」、「投与経路」、「調剤方法」なども記載されているため、薬剤師間だけでなく、連携先の医師にとっても重要な連絡書であると考えています。

トレーシングレポートを活用した地域薬局との情報共有

当院薬剤部ではトレーシングレポートを活用し、薬局薬剤師から院内の薬剤師へ情報提供していただいています。即時性の高い案件については、直接処方医に疑義照会をしていただいていますが、即時性の低い事項については、病院ホームページの薬剤部のサイトからトレーシングレポートをダウンロードしていただき、処方に関する疑義照会や薬剤交付、服薬指導の際に気づかれた事柄などについてファックスで連絡していただくという流れになっています。トレーシングレポートを受け薬剤部では、調剤薬局からの情報提供内容を確認し、処方医に対して情報提供(疑義照会等)を行います。これにより、院内の薬剤師を通して処方医に確認できるという点で、薬局薬剤師と院内薬剤師および医師の間での情報の共有化が図れていると思っています。

また、薬剤師同士のコミュニケーションと情報共有の一環として、週1回実施されている院内の勉強会に参加していただき、月1回程度、トレーシングレポートでいただいた内容の情報共有や内容の検討などを行うようにしています。こうしたface to faceでの情報共有の場が拡大していくことで地域医療連携の輪が拡がり、患者さんに対してシームレスな薬物療法の提供および支援に繋がっていくと考えています。

現在、外来通院しながら化学療法を受けるがん患者さんが増えてきています。それに加え、治療による副作用のマネジメントが複雑化してきていることや注射用抗がん剤と経口抗がん剤の組み合わせによる治療が多くなってきていることから、院内の薬剤師だけでは対応することが難しくなっています。調剤薬局の薬剤師が支持療法薬の調剤や説明、治療中の抗がん剤による副作用管理を行う機会も多く、調剤薬局やかかりつけ医など地域が一体となって、今後より一層連携していくことが必要であり、かつ重要であると考えています。

岐阜県がん患者支援情報提供サイト:ぎふがんねっと」サイトでは、岐阜県地域連携パスに関する資料がご覧いただけます。

(取材日:2021年1月21日 オンラインにて実施)

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