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施設の取り組み

独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター

多職種による栄養サポートでサルコペニア予防と予後改善を目指す

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01胃がん術後の予後改善を目的としたサルコペニアチェック

MASAKAZU MIYAGI宮城 正和氏(独立行政法人国立病院機構 大阪医療センター 栄養管理部 主任栄養士)

国立病院機構 大阪医療センターは、「がん」「循環器疾患」「脳卒中」の三大疾患をはじめ、高度な救命救急医療や災害医療など、幅広い領域に対応している。特にがんについてはがん診療拠点病院でもあり、地域の医療施設と連携し対応を行っている。
686床を有する同院の栄養管理部には、2020年10月現在、11名の管理栄養士が在籍し、生活習慣病の患者さんへの栄養相談や指導、入院中の栄養・衛生管理をはじめ、2003年に結成された医師・薬剤師・看護師・管理栄養士からなる栄養サポートチーム(NST)により先進的な取り組みを実施している。また各病棟の管理栄養士により日常の診療業務に携わるなどよりきめ細やかな患者対応を可能としている。

今回のテーマとなるサルコペニアは「高齢期にみられる骨格筋量の減少と筋力もしくは身体機能(歩行速度など)の低下」により定義される1)。加齢による「一次性サルコペニア」と、活動不足や疾患、栄養不良に起因する「二次性サルコペニア」に分類され2)、さまざまな疾患の治療のアウトカムに影響を及ぼすことが知られている1)。消化器がんにおいても、術前にサルコペニアを有すると術後の合併症リスクが高まり、回復遅延や予後を悪化させることが報告されており3)~6)、同院でもサルコペニアが高齢胃がん胃切除患者の術後合併症発生のリスク因子であることを明らかにしている7)。それらを踏まえ、管理栄養士の介入により術後アウトカムに貢献する目的で、術前のサルコペニアチェックとそれに続く栄養指導が開始された。
対象は胃がんの手術を受ける患者さんで、初診時に主治医が栄養状態を診察し、栄養介入が必要と判断されれば、管理栄養士によるサルコペニアチェックが行われる。サルコペニア診断基準2019に基づき、「筋力」「身体機能」「骨格筋量」を測定し、サルコペニアの有無が判断される。

02食べられないことへの不安を和らげる
術前・術後の栄養指導

栄養介入が必要な患者さんには、術前に1回、術後に2回、管理栄養士による栄養指導が行われる。術前の栄養指導は外来で行われ、その指導内容は食事のとり方に重点を置く。
「上部消化管の悪性腫瘍は、食事の摂取に直接関わります。通過障害のために摂取量が減少しているのであれば食事の形態の説明などを行い、食欲が落ちて栄養状態が良くない患者さんであれば、良質なタンパク質の補給や栄養補助食品の説明を行います」(宮城氏)。
術後の1回目の栄養指導は、経口摂取が可能になったタイミングで行われる。指導の主な内容は、ゆっくりよく噛んで食べる、一度にたくさんではなく少量ずつ回数を多く食べるなど、経口摂取再開早期に起こりうる消化器関連の合併症を予防するための食べ方である。
「当院では術後3〜4日で重湯(おもゆ)から食事が再開されますので、その時に術後最初の指導を行います。指導のタイミングが遅くなってしまうと、以前のように食べてしまいダンピング症候群などを起こしてしまう可能性があるからです。その後、重湯を中心にスープなどの汁物やビタミン補給を目的とした野菜ジュースなどを取り入れたり、患者さんの状態を見ながら固形食を徐々に増やしていきます。退院時には5分粥~全粥が食べられる状態としています」(宮城氏)。
術後2回目の栄養指導は退院前に実施され、家に戻ったときにどのような食事をとれば良いかを説明している。少量で頻回の食事にすることや、術前にも紹介している栄養補助食品の活用、高カロリー・高タンパク質の食事や調理法などである。
「食事の摂取量が低下し、体重が減少することに不安を持つ方が多いため、1日三食、一度にたくさん食べるという意識は必ずしも持たなくて良いこと、筋肉量を増やすには時間がかかるので、焦らずにまずは退院時の体重を維持することから始めましょうとお話ししています。調理法については、同じお粥でも卵を溶いて卵粥にしたり、食パンならばトーストにするのではなく牛乳と卵を使ったフレンチトーストにしたりすることで、カロリーのアップだけではなく卵からタンパク質もとることができます。このようにできるだけ具体的な例をあげて説明しています」(宮城氏)。
これら食事のとり方や食材の調理方法については栄養管理部で独自に作成したツールを用いて説明を行っている。

さらに、退院後は家族と同居か独居なのか、独居であれば自炊ができるかなどによって食事事情が変わってくるため、退院後の療養環境にあった指導を心がけているという。例えば、栄養指導を行う際は病棟の看護師や主治医と連携し、家族など在宅療養時のキーパーソンとなる人に同席してもらっている。これは手術の有無に限らず同院の退院時指導の方針となっている。
「独居の方でも自炊ができる方は自炊されることを前提に説明しますが、高齢の男性などで自炊が難しい方の場合には、配食サービスの紹介や市販の惣菜で対応する場合の選び方など、ご本人の生活スタイルをベースに栄養状態が良くなるような指導を行っています」と宮城氏は話す。
あくまでも患者さんひとりひとりの生活に寄り添った「可能な食事」の指導である。このような術前・術後の栄養指導は、タイミングのズレや遺漏が生じないように胃がん手術のクリニカルパスにも組み込まれている。

03退院後のフォローアップで
術後の栄養状態を評価

退院後、1ヶ月後、3ヶ月後、6ヶ月後、1年後の受診時にフォローアップを行い、食事の状況などを聞き取り、栄養状態を評価している。特に1年後のフォローアップでは、術前のサルコペニアチェックと同じ項目の測定を行い、術前と比較してどのような栄養状態にあるかを評価している。
単に体重の増減ではなく、栄養摂取状況と筋肉量を知ることが大事だと宮城氏は話す。「以前、術後に体重が増えたと喜んでいた患者さんがいました。しかし、体重が増えるほどの食事はとれていなかったため、観察していくと下肢などに顕著なむくみが見られ、低栄養状態にもかかわらず水分によって体重が増えていたということがありました。体組成を測定することで筋肉量が分かり、グラフ化された記録もみることができますので、患者さんに栄養の重要性を理解してもらいやすくなり、栄養指導も効果的にできます。この患者さんは、主治医と相談し、栄養補助食品をベースとした食事管理に変更したところ、栄養状態を改善することができました」。
また高齢の患者さんでは、栄養管理が必要な別の疾患を有するケースが少なくない。例えば糖尿病であれば、通常の血糖コントロールのための栄養管理と、術後のサルコペニアを予防する栄養管理では指導内容が矛盾してくる場合がある。「糖尿病では間食は駄目と言われていたのに、術後には少量頻回食が必要だと指導すると違和感を覚える方もいますが、その時の患者さんの状態によって何を優先するかを主治医が判断しますので、その方針に準じて指導を行うこととなります」。
さらに、入院や外来で補助化学療法を受けている場合は、抗がん剤による副作用で食欲が低下し、十分な食事が摂取できない場合もある。「薬の副作用で特に影響が大きいのは嘔気ですが、油分の多いものや温かいものはさらに嘔気が増して食欲低下につながります。対策としては、冷たく口当たりの良いものや麺類のような食べやすいものなど患者さんの嗜好を優先した食事、栄養補助食品などを提案するようにしています」(宮城氏)。
このような患者さんの立場に立った栄養指導について、今後は「医療の場が病院から在宅へ移行していますので、治療に関する情報だけではなく、栄養指導についても紹介元の医療機関へ提供し連携を図っていきたいと考えています」と宮城氏は話す。

04他職種との連携で術後アウトカムの
さらなる改善を目指す

現在、同院では新しい取り組みとして、外科の医師を中心に、リハビリと栄養指導を組み合わせ、筋肉量を増やした後に手術を行う「栄養リハ試験」を行っている。主な対象は食道がんの患者さんで、管理栄養士と理学療法士がそれぞれの専門分野において栄養と運動の面から指導を行っている。
「管理栄養士がBCAA(筋肉中のタンパク質を構成するアミノ酸成分)に特化した栄養補助食品による栄養管理を行い、理学療法士がレジスタンス運動など在宅でできるトレーニングを指導します。栄養摂取と運動の両方を患者さんに在宅で実践していただいた後に手術を受けてもらうようにしています。始めたばかりの取り組みですが、多職種が連携した栄養・運動指導が術後アウトカムの改善に貢献できるものと考えています」と、宮城氏は新たな取り組みについても自信をのぞかせる。
生活習慣病患者さんの指導にとどまらない、術後の予後改善を目的とした管理栄養士の役割は、地域、他職種と連携しながら、今後もさらにその重要性を増していく。

(取材日:2020年10月23日 オンラインにて実施)

文 献

  • 1)サルコペニア診療ガイドライン作成委員会編:サルコペニア診療ガイドライン2017年版, 日本サルコペニア・フレイル学会/国立長寿医療研究センター, 2017
  • 2)Cruz-Jentoft AJ et al. Sarcopenia: European consensus on definition and diagnosis: Report of the European Working Group on Sarcopenia in Older People. Age Ageing 39: 412-23, 2010
  • 3)Ida S, Watanabe et al.:Sarcopenia is a Predictor of Postoperative Respiratory Complications in Patients with Esophageal Cancer. Ann Surg Oncol 22:4432-4437, 2015
  • 4)Reisinger KW et al.:Functional Compromise Reflected by Sarcopenia, Frailty, and Nutritional Depletion Predicts Adverse Postoperative Outcome After Colorectal Cancer Surgery. Ann Surg 261:345-352, 2015
  • 5)Joglekar S et al.:Sarcopenia Is an Independent Predictor of Complications Following Pancreatectomy for Adenocarcinoma. J Surg Oncol 111:771-775, 2015
  • 6)Voron T et al.:Sarcopenia Impacts on Short- and Long-term Results of Hepatectomy for Hepatocellular Carcinoma. Ann Surg 261:1173-1183, 2015
  • 7)山本 和義 他:高齢胃癌胃切除患者におけるサルコペニアの術後合併症発生に与える影響, 外科と代謝・栄養 49: 35-41, 2015