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地域医療の実現のために

日常の実臨床に生きる災害医療における薬学的管理の視点と視野

宝塚市立病院

吉岡 睦展 先生 宝塚市立病院 薬剤部
部長
吉岡 睦展 先生

石津 智司 先生 宝塚市立病院 薬剤部
災害医療認定薬剤師 主査
石津 智司 先生

阪神・淡路大震災、東日本大震災という大地震を経験した日本において、2015年7月、日本災害医学会による災害医療認定薬剤師の認定制度がスタートした。
今回は、早期から地域の病診薬連携に取り組み、かつ兵庫県の阪神北医療圏において唯一の災害拠点病院に指定されている宝塚市立病院での、認定・専門薬剤師育成の取り組みと、災害医療認定薬剤師の活動・役割について、薬剤部長 吉岡睦展先生、薬剤部主査 石津智司先生にお話を伺った。

01薬剤師に求められる変化への対応

吉岡先生:私自身が病院薬剤師として仕事を始めたのは、病棟での服薬指導業務が始まったばかりの頃でした。当時は、医師に疑義照会をかけたり提案したりといったことよりも、医師の指示通りに、素早く間違いなく調剤できることが優れた薬剤師の条件という時代でしたので、病棟に行くと「何で薬剤師が来ているの?」と冷遇されたのを覚えています。その後、年月が経ち、抗菌化学療法認定薬剤師をはじめとする薬剤師の認定制度が立ち上げられ、私自身、制度の立ち上げに尽力された専門医の先生方に大いに触発され、薬剤師抗菌化学療法実践教育プログラムの実務委員長を十数年務め、認定薬剤師の育成や学会発表・論文作成にも取り組みました。この間、専門医の先生方から「目的は何か、大事なことは何か」ということを学び鍛えていただきました。

若手薬剤師を育成する立場にある今、強調したいのは、薬剤師として現場で役立つためには、認定制度にチャレンジし自信をつけるとともに、自分の責任において協議し提案する、そしてそれが間違っていたとしても、その後修正し、最後まで責任を持ってフォローする、そういう習慣をつけることが重要だということです。このことを根付かせるために、院内の薬剤師から相談を受けるケース1例1例のすべてに関して、そばについて指導しました。自分がこれまでに経験してきたことを、失敗談も含めてそばについて伝えるといったことを繰り返すうちに、彼ら彼女らも「こうすればいいんだ」という自信をつけていってくれたと思います。

自分自身が常に心がけ、そして周りにも言ってきたことは「やりっぱなしは駄目」ということです。薬剤師として働き始めたその時から、わからないことをわからないままにせず、上手くいかない場合にも、なぜそうなったのかを明らかにして次に生かせるようにすること。それを積み重ねていくと、学会へ参加したり発表したり、また論文にまとめたりといったことに繋がっていくと思います。

自分自身どこから知識を得たかというと、やはり専門の研修会や講習会、学会であり、各専門分野の認定を取得することでモチベーションを維持できました。領域では、最初はがん、そして感染症です。やはり興味がある分野は深く入れますから、これから認定に挑戦するスタッフには、本人がやりたいことを大事にしてあげたいという思いがあります。

さまざまなことをtry and errorで取り組むなかで、今や当院の薬剤師は、実臨床の現場において、医師と協議をし、治療薬の設計ができ、病棟や外来で頼られる存在となっています。

02阪神北医療圏の災害拠点病院として

吉岡先生:兵庫県には10の医療圏があり、当院はその1つである阪神北医療圏(宝塚、伊丹、川西、三田、猪名川)で唯一、災害拠点病院に指定された施設です。災害拠点病院に指定されたのは2001年でした。その後2011年3月に発生した東日本大震災をきっかけに2012年3月、国は災害拠点病院の指定要件の見直しを行いDMAT(災害派遣医療チーム)の設置を必要としました。これを受けて当院でもDMATを結成し、2013年1月に登録となりました。

災害拠点病院の指定以前から災害時医療の訓練に取り組んでいましたので、東日本大震災後の早い時期に、私は医療チームの一員として医師2名、看護師が2名、事務要員とともに現地へ入りました。

当時は今のようにスマートフォンがない時代で、自分の知識だけが頼り、という不安はありましたが、地震発生から5日後に現地に入り、自宅が被災しているにも関わらず、不眠不休で食事もせずに病院で頑張っている医療者の疲弊した状況を目の当たりにすることになりました。助かった人達は慢性疾患のお薬が必要でしたが、薬局にはほぼ何も薬がなく、支援物資として送られてきた薬を、段ボールで棚を作って整理するところから1人でやりました。阪神・淡路大震災の経験も踏まえて、医薬品で何が不足しているかといった情報は素早く察知して、揃えていった記憶があります。病院としてはそれが初めてのDMATの派遣でした。

宝塚では結成から10年(40回開催)になる宝塚市薬剤師地域連携研究会(宝つーかーの会)という病診薬連携の会があり、会としてもモバイルファーマシーに取り組む薬局の先生を講師に招くなどして、災害時における薬局間の連携に関する研修をしています。当院では石津先生が救急認定薬剤師、災害医療認定薬剤師を始め多くの認定を取得し、拠点病院という指導的な立場で取り組んでくれています。

※抗菌化学療法認定薬剤師、感染制御認定薬剤師、老年薬学認定薬剤師、救急認定薬剤師、災害医療認定薬剤師、ICLS認定インストラクター、日病薬病院薬学認定薬剤師、認定褥瘡薬剤師、研修認定薬剤師

03災害医療認定薬剤師の研修と業務

石津先生:災害時には、そこでのみ使用される特有の共通言語や知識があります。災害医療認定薬剤師は、災害医療に関する専門的な知識や技能を有する薬剤師で、災害時における医薬品の供給・管理を行います。登録制度は、2020年に開始されました。DMATにおいても薬剤師は、災害派遣医療の成功を左右するキーメンバーとなっています。

図1 DMATメンバー、左端が石津先生
図1DMATメンバー、左端が石津先生

石津智司先生提供

災害医療認定薬剤師の研修制度として、日本災害医学会による災害薬事研修コース(PhDLS)1)があり、そこでは、災害医療に関する基礎的な知識や災害時薬事の基礎、災害時対応の原則、薬事トリアージ、救護所での薬剤師として情報収集と初動、医療救護班(医師、看護師)や他職種との連携などについて学習します。

災害現場における薬剤師の業務の1つに、問診やフィジカルアセスメントに基づく薬事トリアージがあります。通常、災害発生現場では、トリアージにより患者さんを、赤(最優先治療群)、黄(待機治療群)、緑(軽処置群)、黒(赤黄緑以外群)に区分します。薬剤師は赤や黄などの重症例への対応はできませんが、たとえば、避難所の救護所で医師からの指示で薬事トリアージの依頼が薬剤師にあれば、歩ける緑の患者さんを、まず第一印象からA(気道)、B(呼吸)、C(循環)、D(意識)に異常があれば、医師の診察を必要とするのかを薬剤師目線で考慮し、明らかに診察を要しないと判断した場合は、フィジカルアセスメントを行いながら、常用薬や市販薬の交付、薬剤師による情報提供で対応、医師の診察を要するのかを判断し、医師に繋ぎます。

04被災地での経験から

石津先生:私がDMATの一員になったのは薬剤師として3~4年目のころでした。病院内では、困ったことや分からないことがあれば、先輩薬剤師に尋ねることができますが、DMAT派遣では、チーム内に薬剤師は私1人しかいないため、医薬品の管理や情報提供などは私の役割です。そのため、災害の知識だけではなく、薬剤師としてのいろんな知識や視点が必要になると思っています。

DMATの派遣は、被災地域の都道府県の派遣要請に基づくものですが、厚生労働省が緊急の必要性を認めるときは、被災地域の都道府県の派遣要請が無い場合であってもDMATの派遣を要請することができます2)。災害の規模に応じて要請の範囲が広がることがあり、大規模災害の場合には、全国のDMATに派遣要請の可能性があります。

2020年7月に発生した豪雨の際にDMATとして入った熊本では、保健師さんと協同し、地域の要支援者の健康状態を把握する活動を行いました。DMATとしての活動では、薬剤師視点として、常用薬の服用状況や残薬チェック、服用薬の効果や副作用チェックなど、家の片付けもしないといけない状況のなかで慢性疾患をどう管理するかといった点などについてアドバイスすることができました。

2024年には、能登半島地震のDMAT活動として、石川県庁内の金沢以南保健医療福祉調整本部に入りました。DMATの活動は、瓦礫下での現場や病院支援、施設支援、避難所支援、搬送支援などさまざまな任務がありますが、それらを迅速に行うには、CSCA(Command & Control、Safety、Communication、Assessment)といった管理マネージメントが必要不可欠です。当院のDMATはその対策本部で情報分析を担当しました。

図2 DMAT活動の様子
図2DMAT活動の様子

石津智司先生提供

吉岡先生:実際現地に入ってみると、さまざまなニーズがあり、視野が広がります。情報網が寸断されて電話が通じない時に、ラインが情報ツールとして意外に強力な武器になることも、彼が現地で学んだ経験が生きています。大阪で地震があり、電話連絡が取れなくなった時にもLINEが役立ち、現在では我々薬剤部もLINE連絡網を持っています。

現地でのさまざまな経験を踏まえて学会発表にも力を入れていますが、実際の経験から得た知識の重みを実感しています。

05災害医療における経験は日常の医療現場でも生きる

吉岡先生:現在当院では、AST(抗菌薬適正使用支援チーム)に感染症の専門医が不在となっているので、それも石津先生が引き継いでくれています。ASTにおける薬剤師の業務は通常、抗菌薬の選択などが主となりますが、石津先生はバイタルを診ることができ、重症度を踏まえて広域抗菌薬ではなく、狭域抗菌薬での治療は可能か?患者の状態は抗菌スペクトルを外したとしてもエスカレーションで対応可能な待てる状態か待てない状態かなどの助言や、そもそも感染症かそうではないかといった、いわゆる診断の領域に関しても主治医へ助言する役割を担っています。

また、日本化学療法学会からも評価いただいているのは、薬剤師がSOFAスコア(Sequential Organ Failure Assessment score)をチェックできることです。簡易版のqSOFAではなく、SOFAをチェックして、例えば、「尿路感染症」と診断されていても、SOFAスコアに基づいて評価したうえで、「血液培養陽性で、SOFAスコアが2点以上の敗血症病態であり、敗血症への主病名の変更をお願いします。」と提案できるのです。さらに、彼は医師が抗菌薬を処方する前の相談を数多く受けています。入院直後から主治医とともに現場で病態を把握し、重症度も含めて抗菌薬の適正使用に貢献しています。私が知る限り、主治医が診断・処方する前に薬剤師が感染症診療の最初から最後まで、医師とともに診療に携わり、カルテ記載を実践している病院はそう多くはないと思います。当院において、この迅速な流れが可能になっているのは、やはり彼が災害現場で培った経験があってこそだと考えます。

今や薬剤師に対する医師の信頼は篤く、彼の電話はなりっぱなしです。連絡し相談するなかで診療方針が決まり、その後も一緒にフォローする薬剤師は、医師にとっても本当に心強い存在になっていると私は思っています。

こうしたことは、DPC(Diagnosis Procedure Combination)の当院において、病院の経営にも大きく貢献しています。

06さまざまな危機管理における薬剤部の役割

吉岡先生:院内では、薬剤部門、感染部門、救急部門と別れていても、兼務している業務はたくさんあります。

例えば抗菌薬の供給不足があった時、何を代替とするかの選択には専門知識が必要ですし、クリニカルパスの変更もしなくてはならない。COVID-19パンデミック対策なども含め、さまざまな危機管理に薬剤部の仕事として対応しています。薬剤師が専門医と一緒に救急医療の現場に入り、ある薬が原因で昇圧剤が使えないといったことをアテンションするといったこともあります。

つまり、知識を身に付け、そしてその現場に居合わせたのであれば、院内外を問わず、自分自身がどう動けば最も合理的にみんなが上手くいくか、一番早く済むかということを考え、薬剤師として必要とされる役割を果たすということです。医師と一緒に臨床に携わり、その同じ土俵で責任をとる、提案したら最後まで責任を持って診る。そういうスタンスに立って連携しています。これは、院内の臨床現場であっても災害の現場であっても同じです。

石津先生:災害現場での災害医療認定薬剤師の視点として、限られた資源をどう使うかということもあります。また、災害現場では何が起きるかわからず、あらゆる視点が求められ、視野が広がります。こうした視点や視野は、普段の薬剤師業務でも生きてくると思います。生じている事態に対する選択肢の可能性として、良くなった時、あるいは悪くなった時を視野に入れ、最も求められるのは悪くなった時にどう対応するかというもので、それを最初に考えておけばすべては想定内です。そういう意味で、災害医療認定薬剤師、あるいは災害時の考え方は普段の業務や実臨床にも活用できるという思いはあります。

07認定・専門薬剤師のこれから

吉岡先生:専門・認定薬剤師の取得は、その専門の入口に立つことです。問題は常に何かしら生じてきますから、その問題を自ら考え、問題意識を持ち、自分で解決できる薬剤師であることが最も大事なことだと思っています。上から言われたことだけをやるのではなく、自分でやってみて、間違うこともあるけれど責任をもってやっていくことです。

もはや、医師が診断し、薬も食事も自らオーダーして1人で担わなければならない、そんな時代ではなくなってきています。医師も人間ですから、自分一人では判断しづらい、分かりづらいことだってあるわけです。我々薬剤師がそのそばにいて提案する。求められていることはそこにあると思います。本来の意味でのチーム医療ができるようにするために、専門知識をもって自らモチベーションを高くし、ここから始まるのだという思いで臨んでいただきたいと思います。

認定、専門は、自ら問題を解決するための武器です。自信を持ち、かつ常に医療は日進月歩ですから常に勉強し、アップデートしていっていただきたいと思います。

08認定・専門薬剤師を目指す方へのアドバイス

石津先生:医師は患者さんだけでなく家族にも説明しなくてはならないし、薬以外にも食事やリハビリなどのオーダーといったさまざまな業務があります。薬物治療においては、薬剤師も医師と同じ温度感や責任感をもって接することができれば、医師からも頼られるし、薬剤師として視野もどんどん広がると思います。複数の専門・認定を持つことは、さまざまな領域・視点から患者さんを良くするための提案が見えてきます。それらを医師と協議することで、忙しい医師のフォローやタスクシェアをしながら、薬物治療に責任の持てる薬剤師になっていただきたいと思います。

吉岡先生:私自身、薬剤師の教育・指導にこんなにまで情熱を傾けている医師がいるのだということに触発され、あんな先輩になりたいなという憧れがモチベーションとなりました。志を高く持ち、専門を取得したら終わりではなく、そこからが始まりで、諦めずに力を尽くしていってほしいと思います。私はICD(infection control doctor)を取得した直後に薬剤部から地域連携室へ異動となり、心が折れそうになったこともありましたが、今では、そのことで視野を広げることができたと思っています。誰もが最初からすごい人なのではなく、苦労し経験を積み重ねて今があるのです。自分がこうなりたいっていうものがあれば真っすぐに目標に向かって頑張ってください。

失敗は成功の基ですから失敗していいのです。逃げずに責任を持ち、そして困ったときに相談できる先輩を持って欲しいと思います。

<参考>

  • 1)一般社団法人 日本災害医学会. 災害薬事研修コースhttps://jadm.or.jp/contents/PhDLS/(2025年1月閲覧)
  • 2)厚生労働省. 日本DMAT活動要領. http://www.dmat.jp/dmat/katsudouyoryo20240803.pdf(2025年1月閲覧)

(取材日:2024年11月19日、取材場所:宝塚市立病院)