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地域や施設における認定・専門薬剤師の取り組み

総論

認定・専門薬剤師制度の現状・課題・展望

松原 和夫 先生

和歌山県立医科大学 薬学部 教授
同附属病院 薬剤部長

松原 和夫 先生

01今なぜ「認定・専門薬剤師」制度なのか

医療が細分化・高度化するなか、薬剤師がチーム医療のなかで協働する医師や看護師の専門化、細分化が進んでいます。医師では、例えば内科医のおよそ7割が、いずれかの領域の認定医・専門医・指導医の資格を有している状況があります。また2017年には、これまで各学会が独自に運用していた認定プログラムに代わり、第三者機関である日本専門医機構が運用する「新専門医制度」も立ち上がりました。新専門医制度は19の基本領域の診療科と29のサブスペシャリティ領域の診療科で構成されています1)

一方、近年の臨床現場には、これまでは考えられなかったような新たな作用機序を有する医薬品が数多く登場しています。そうしたなかで、薬剤師の知識や技術だけが極端に低ければ、チーム医療どころか、他職種連携の歯車がかみ合わなくなり、医療そのものが停滞してしまうことになりかねません。

チーム医療において、医師や看護師にさまざまな助言ができるような知識と技術を有する薬剤師が求められるなか、薬剤師に関しても、日本臨床薬理学会(制度発足[以下同様]:1995年)、日本医療薬学会(1998年)、日本病院薬剤師会(2005年)ほか、数々の認定制度が運用されています。

02米国の認定制度・日本の現状との違い

日本病院薬剤師会と日本医療薬学会がモデルとしたのは、専門薬剤師制度の長い歴史を持つ米国の制度です。米国薬剤師会の自律型組織として専門薬剤師の認定を行うBoard of Pharmacy Specialties(BPS)は、1978年の「放射性医薬品」専門薬剤師認定を皮切りに、今では14の専門分野2)で専門薬剤師の認定を行っています。トレーニング制度も確立しており、ニュージランド、オーストラリア等、いわゆる薬剤師の先進国を含めて米国の制度を利用する国が増え、BPSは今や世界に51,500人を超える認定薬剤師を有するグローバルスタンダードとなっています。

米国では、病院薬剤師のおよそ7割が何らかの専門薬剤師として認定を受けています。これは、認定薬剤師でなければ、薬剤師としての臨床業務にかかわる多くのポジションにつけないためです。

日本においても近年、薬剤師による主体的な薬物療法への参加が求められており、病棟での薬剤業務の充実、居宅患者への薬剤管理、外来化学療法施行患者に対する薬学的管理の充実、入院患者における持参薬確認・管理、治療薬物モニタリング(TDM)等に基づく薬剤投与設計等の処方提案等、業務範囲は拡大の一途をたどっています。こうしたなかで、大都市の医育機関を中心に、一定数の認定・専門薬剤師は存在します。なかでも、現在最も進んでいる領域は、がん化学療法や感染制御です。しかし、日本で認定・専門薬剤師の資格を有する総数は圧倒的に少なく、何らかの認定を受けているのは、病院に勤務する薬剤師の10%にも達していないと思います。実数でいうと、日本病院薬剤師会の感染制御専門・認定薬剤師認定者は、現在1,300人余りです(2019年10月現在:1,335人)3)。これは全国の病院数(8,300余り)にも足りません。なんらかのトレーニングを受けた人が施設に1人はいなければ医療機関の感染制御はできませんから、少なくとも医療機関の数くらいは欲しいのですが、そのレベルには達しておらず、資格を持っていない薬剤師が、感染制御やがん化学療法に携わっているのが実情です。ですから、まず日本において、認定・専門薬剤師の数を増やし、すそ野を広げていくことが課題だと考えています。

03日本において認定・専門薬剤師が少ない要因は何か?

すそ野が広がりにくい理由はいくつか考えられますが、何よりも、認定・専門薬剤師となるためには、当該分野における研修やトレーニングが必要です。米国で数多くの認定薬剤師がいるのは、レジデント制度という、研修を受けるバックグラウンドが整備されているからです。日本では、幾つかの認定・専門薬剤師の取得には認定を受けた研修施設での研修が必要であり、その数があまりにも少なく、認定を希望する人がいても経歴を積む場がないのです。例えば京都大学医学部附属病院や東京大学医学部附属病院等の大病院では認定薬剤師の数は増えていくけれども、地方の病院は研修施設ではないため全く増えないという状況があります。研修施設になるためにはそこに認定された指導薬剤師がいる等の、指導する体制があることが前提になっているので、いなければ次の人が育たないという悪循環に陥ってしまっているのも大きな問題だろうと思います。

ただし、認定において薬剤師としての業務の完成型を求めてしまうと、本当に限られた人達のみを選んでしまうことになり、医療全体からみればそれは大きなマイナスになると思います。完成型ではなく途上型の認定をしていかないとすそ野は広がらず、結果的には完成型の薬剤師は出てこなくなると思います。

私はこれまで、医育機関において認定・専門薬剤師を育成するためのカリキュラムを作ってきました。現在、私が在籍している和歌山県立医科大学附属病院は、昨年までは指導薬剤師の資格を持つ人が一人もいなかったため、日本医療薬学会のがん研修施設ではありませんでした。実際に医療現場では、専門性を持って薬剤師としての役割を果たしているし知識もあるのですが、研修施設になれなかったため、専門薬剤師の育成はできなかったのです。私は日本医療薬学会認定の指導薬剤師ですので、今年から認定施設になることができました。いわゆる地方自治体が経営する大学病院や、私立大学のなかでも地方の病院では、こうしたケースは結構あるのではないかと思います。

04地域医療における認定・専門薬剤師の役割

病院内において多職種で構成される、感染制御やがん化学療法、褥瘡等のチームは、ほとんどの大きな病院では機能しており、そこで薬剤師が果たす役割は必須という状況にあると考えます。一方で、今強く求められているのは、地域におけるチーム医療です。

がん治療をはじめ、かつては入院でしか行わなかったような治療が外来で行われ、日帰り手術等も急速に増加して在宅の患者さんが増えているなかで、地域との連携は極めて大事です。病院と薬局の連携のためには、地域の保険薬局の薬剤師にも専門性が求められます。そういった機運から生まれてきたのが、地域薬学ケア専門薬剤師(がん)(日本医療薬学会認定)および外来がん治療専門薬剤師(日本臨床腫瘍薬学会認定)です。これら薬剤師の育成のために我々ができることの一つは、講習会等を開催すること、そしてもう一つは連携をとるための媒体を作ることです。

地域でチーム医療を確立する上では、外来患者さんが自宅に帰られた後も、その情報が病院に伝わる仕組みが必要で、双方向のトレーシングレポートは、そのために草案したツールです。そこには、疾患・薬剤毎に詳細なチェックリストを記載してありますので、薬局で記入して病院に返してもらい、医師が目を通せるようにする、そういったコミュニケーションツールは必須です。また、多くの患者さんの情報を保険薬局から頂くために、分割調剤を進めます。通院と通院の間に2回程度、保険薬局でチェックを受けるようにし、必要であれば病院に連絡してもらうといったことを可能にします。これまで私自身、そうした連携手段の策定も進めてきました。分割調剤による病診薬連携が上手く機能すれば、将来的にはリフィル処方も視野に入ってくると思います。

※分割調剤の詳細は第1回京都大学医学部附属病院の取り組みをご参照ください。

05ファンダメンタルなトレーニングが必要

もう1点重要なポイントは、臨床現場で働く上で基盤となる、臨床薬学の知識と技術を養うファンダメンタルな教育です。米国のレジデント制度に匹敵するような、しっかりとした教育のベースを作らない限り、いくら特定の分野においてレベルの高い専門知識を持っていたとしても、現場ではあまり役に立ちません。薬剤師としてのファンダメンタルな知識と技術をしっかりと持つことではじめて、薬剤師の専門性を活かし、がん、感染症、精神科といった特定分野での専門性が発揮できると考えます。

しかし薬学部が6年制となった現在も、実習期間が長くなった程度で、ファンダメンタルなトレーニングはほとんどされておらず、卒後教育は現場任せになっているのが実状です。ここを確立しないと、信頼される認定・専門薬剤師制度を作ることは難しいと考えます。医師がそうであるように、シームレスな教育が薬剤師にも求められます。そうした観点から、これまで私が従事してきた大学施設では、レジデントとしての研修を実施し、キャリアプランに関する個別面接等も行ってきました。

06今後薬剤師は、どんな現場でどんな活動が期待されるか

大きな病院では、今後多くの優秀な薬剤師が出てきてくださって、その活躍は進んでいくと思います。一方、いま薬剤師に欠けているのは地域医療、なかでもへき地医療です。医師や看護師にとってへき地医療は必須項目であり、学部生の頃から教育を受けますし、卒後、研修を受けた医師の一定数は、離島や山間部等に行っています。看護師もそうですが、そういう薬剤師は極めて少ないのが現状です。薬系大学は都市部に集中しているため、就職も大都市圏に集中してしまい、都市から離れていけばいくほど薬剤師の数は少なく、医師以上に地域格差が生まれているのが現状です。そういったへき地の住民に薬剤師としてどう医療を提供していくのか、真剣に考える必要があります。難しい問題ですが、薬剤師は、地域医療に対してもっと目を向けなければなりません。

和歌山県立医科大学薬学部は2021年4月に開設されたのですが、その際、15人が和歌山県民枠で入学しました。この15人は卒後レジデントが必須とされています。もちろん給与は支給されます。2年のうち、最初の1年は、和歌山市内の大きな病院でファンダメンタルなトレーニングを受け、2年目は県下全般の、特に薬剤師が不足している南の地域等の病院や保険薬局で研修を受けることになります。地域のために働いていただくのです。

こうしたレジデント制度を和歌山県立医科大学薬学部は既に公表しており、行政とも連携しながら取り組んでいます。この15人のなかから毎年1人でも2人でも地域に残ってくださる人がいればいいし、残らないとしても、地域を理解した薬剤師として都市部で働いていただくことで、地域医療が少しずつ良くなっていけばと考えています。

07薬剤師が職能を活かすことによる医療へのインパクト

病院内のさまざまなチームでの薬剤師の活躍や、病棟に薬剤師が存在することに対する認知度や信頼感は、今や10年、20年前に比べて比較にならないほど高まってきています。薬剤師が職能を活かすことによる医療へのインパクトとは、薬剤師が入ることにより、チームとして提供されるトータルな医療の質が向上し、より適正、安全安心な薬物療法が提供できるという点に尽きると思います。

<参考>

(取材日:2021年10月5日 オンラインにて実施)

松原和夫先生ご略歴

  • 1978年6月

    島根県技術吏員(薬剤師、黒木保健所)

  • 1979年4月

    島根医科大学医学部教務職員(法医学講座)

  • 1980年4月

    同助手

  • 1988年7月

    同学内講師

  • 1990年1月
    〜1991年4月

    Visiting Assistant Professor, Loyola University Chicago, Stritch School of Medicine, Department of Molecular and Cellular Biochemistry

  • 1991年7月

    島根医科大学医学部助教授(法医学講座)

  • 1995年4月

    島根難病研究所「老年医学」部門客員研究員(併任)

  • 1997年8月

    旭川医科大学医学部教授・病院薬剤部長

  • 2000年5月

    旭川医科大学病院治験支援センター長(併任)

  • 2011年10月

    京都大学客員教授(併任)

  • 2012年4月

    京都大学医学部附属病院教授・薬剤部長

  • 2012年10月

    京都大学医学部附属病院病院長補佐(併任)

  • 2013年4月

    京都大学医学部附属病院臨床研究総合センター治験管理部長(併任)

  • 2017年4月

    京都大学医学部附属病院医療安全管理部高難度医療・未承認医薬品等安全管理室長(併任)

  • 2017年12月

    和歌山県立医科大学客員教授

  • 2020年4月

    京都大学名誉教授

  • 2020年4月

    和歌山県立医科大学薬学部教授、同附属病院薬剤部長