ニトロソアミン類の生成を抑えた製剤設計を目指して
近年、国内外において、サルタン系医薬品、ラニチジン、ニザチジン及びメトホルミンなどが自主回収される事案が発生しています。この原因となった化合物が、発がん性物質である「ニトロソアミン類」です。各社様々なリスク管理を試みているものの、世界的にもまだニトロソアミン類の管理手法について議論が続けられているのが現状です。
そのような中、当社では「反応性NOx」という新しい管理指標概念を考案し、ニトロソアミン類の生成を抑制した製品開発に挑戦しています。
ニトロソアミン類とは
「ニトロソアミン類※1」とはアミン窒素にニトロソ基が結合した構造を持つ化合物の総称です。
※1:N-ニトロソアミン類をニトロソアミン類と表記する
ニトロソアミン類はアミン※2とNOx※3から生成されます。
※2:アンモニア(NH3)の誘導体
※3:窒素酸化物などのニトロソ化剤
アミンの発生源となるのは、原薬の合成原料となる出発物質を含む原薬の合成過程で生じる不純物などです。さらに、原薬そのものがアミン源であったり、アミンの発生源となったりすることもあります。NOxの発生源となるのは、亜硝酸ナトリウムなどのニトロソ化剤です。ニトロソ化剤は原薬の合成試薬や添加剤の不純物として混入する可能性があります。これらアミン及びNOxが反応して生成するニトロソアミン類は、原薬及び製剤の製造工程や製剤の保管期間中に発生する可能性があります。
■医薬品に課せられた厳しい管理基準
ニトロソアミン類は一般に、食品や飲料、化粧品や水などに含まれることがあります。例えば燻煙や燃焼ガスに含まれる窒素酸化物がニトロソ化剤として機能することで、燻製食品や燃焼ガスを用いて乾燥させた食品などに含まれることがあります※4。
※4:農林水産省「食品安全に関するリスクプロファイルシート:ニトロソアミン類〔農林水産省〕」[https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/risk_analysis/priority/attach/pdf/hazard_chem-56.pdf(2024年1月時点)]
そのため、私たちは生活の中でニトロソアミン類を食品などから少なからず摂取している可能性があります。一方で、人の病気を治療する医薬品においては、その使用によってもたらされる潜在的な発がんリスクを低減することが求められており、厳しい基準が定められています。「該当するニトロソアミン類に一生涯(70年間)毎日曝露した場合に、そうでない場合と比べて発がんリスクが約10万分の1増加する曝露量」が限度値(許容一日摂取量)として設定されています。原薬由来のニトロソアミン類では更に厳しい限度値が設定されているものもあります※5。
※5:薬生薬審発1008第1号 薬生安発1008第1号 薬生監麻発1008第1号 令和3年10月8日付け「医薬品におけるニトロソアミン類の混入リスクに関する自主点検について」厚生労働省医薬・生活衛生局医薬品審査管理課長、医薬安全対策課長及び監視指導・麻薬対策課長連名
[https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/000855225.pdf(2024年1月時点)]
ニトロソアミン類に対峙するサワイの挑戦
製剤中のニトロソアミン類の量を上述の限度値レベルに抑制するには、ニトロソアミン類の発生源であるアミンと、NOxのどちらか、あるいは両方を極めて少ない量で制御しなければなりません。しかしながら、製剤に使用されている多くの添加剤には微量のNOxが含まれていることが知られており※6,7、例えば、製剤の崩壊や溶出性の制御といった、製剤機能を確保するために使用する添加剤には、一定量のNOxが含まれていることがあります。そのような場合、ニトロソアミン類の生成抑制と製剤機能の確保は、製剤設計におけるトレードオフの関係になってしまいます。両者を天秤にかけながら、添加剤の種類、メーカーやグレード、配合量を決める必要があります。
※6:Wu Y et al.:AAPS PharmSciTech 2011;12(4):1248-1263.
※7:R. Boetzel et al.:Journal of Pharmaceutical Sciences 2023;112:1615-1624.
そこで、当社では製剤機能を損なわずニトロソアミン類の生成リスクを減らす製剤設計の実現を目的に、製剤化に使用される添加剤に含まれるNOxの量に着目しました。さらに、NOxには図6に示すような様々な種類があることや、添加剤中のNOxの存在状態によるアミン種との反応効率の違いを考慮し、後述の「反応性NOx」という新しい評価指標を考案し、その有用性を検証しました。
■サワイが考案する新しい概念「反応性NOx」
当社では新しい概念として、添加剤などに含まれるNOxのうち、実際にニトロソ化に寄与するNOxを「反応性NOx」と定義し、その量によりニトロソアミン類の発生リスクを定量化する試みを行っています。
まず、アミンの発生源としてニトロソ化の反応効率が高かったジメチルアミンを選択し、様々なNOx(図6)を含んでいる可能性のある評価対象の添加剤をNOxの発生源として反応させます。次に、発生してくるN-ニトロソジメチルアミンの量を測定し、ここからニトロソ化に寄与するNOx量を亜硝酸イオンとして換算することにより「反応性NOx」の量を求めます(図7)。
様々な添加剤について求めた反応性NOx量をデータベース化して活用することにより、製剤設計におけるニトロソアミン類混入のリスク低減を図っています。データを蓄積していくと、反応性NOx量は添加剤の種類だけでなく、同じ添加剤でもメーカーやグレードによっても異なることがあると分かってきました。
■反応性NOx量を指標としたニトロソアミン類の発生リスク評価の検証
実際に2種類の異なる製剤処方を用いて、反応性NOx量がニトロソアミン類の発生リスクの指標となることを検証しました。
検証試験では、NOxの発生源を添加剤、アミンの発生源を原薬の不純物もしくは原薬自身とした製剤を考えました。各添加剤の反応性NOx量を測定し、反応性NOxの総量が異なる製剤処方A及びBを設計し、原薬①及び原薬②と組み合わせました(図8)。原薬①には、アミン種となるジメチルアミンが不純物として含まれています。また、原薬②は原薬構造中にピペリジン骨格を有する第2級アミンです。
いずれのアミンにおいても反応性NOx量の少ない製剤処方Bの方が製剤中のニトロソアミン類の生成量が少なくなることが期待されました。
各製剤処方のモデル製剤を製造し、PTP(プレス・スルー・パッケージ)包装してアルミニウム袋に密封した検体を温度40℃ 相対湿度75%の条件で保存して、各ニトロソアミンの生成量を経時的に調べた結果、アミンの種類に依らず、製剤処方Aを用いた場合は経時的にニトロソアミン類の生成量が増加しましたが、製剤処方Bを用いた場合はニトロソアミン類の生成が有意に抑えられていました(p<0.001、welch検定)。このことから、反応性NOx量の少ない製剤処方の方が製剤中のニトロソアミン類の生成を抑制するという仮説が検証できました※9。
※横スクロール出来ます。
以上の検証結果から、実際に製剤を製造しなくても候補製剤処方について反応性NOx量を計算することにより、ニトロソアミン類の生成リスクの大小を予測することが可能と結論しました。
当社は、目指す「sawai品質」を備えたジェネリック医薬品を患者さんに早期に安定的に届けるという思いをかなえるために、科学と技術に対する挑戦を続けます。
社外発表リスト
特許情報
反応性NOxの定量方法及びニトロソ化合物の生成を抑制した製剤
(国際出願番号:PCT/JP2023/036245)
ニトロソ化反応を抑制する添加剤の選定方法及びニトロソ化合物の生成を抑制した製剤
(国際出願番号:PCT/JP2023/036247)
社外発表 <投稿論文>
沢井製薬の後発医薬品開発における製剤中ニトロソアミン類の管理戦略
PHARM TECH JAPAN 2023, 39(4), 664-667.
Quantitation of Reactive Nitrosating Agents in Pharmaceutical Excipients for N-Nitrosamine Risk Assessments
Org. Process Res. Dev.:2023;27(10):1767-1772.
社外発表 <学会発表等>
「医薬品開発におけるニトロソアミン不純物の管理」日本PDA製薬学会 技術教育委員会シンポジウム
2022.10.14(web)
「反応性NOx量を評価指標とした製剤中N-ニトロソアミン類の新規リスクアセスメント手法の開発(2):モデル製剤を用いた検証」
日本薬剤学会第38年会、2023.5.16 (名古屋)
「反応性NOx量を評価指標とした製剤中N-ニトロソアミン類の新規リスクアセスメント手法の開発(1):添加剤中の反応性NOxの定量」
日本薬剤学会第38年会、2023.5.17 (名古屋)
「医薬品不純物の変異原性評価とニトロソアミン類の許容摂取量の設定、管理戦略」ビジネスクラス・セミナー
2023.6.22(web)
「ニトロソアミン類品質対応の実践と課題 -ジェネリック企業の観点で-」レギュラトリーサイエンス エキスパート研修会 専門コース(第282回)
2023.8.31(web)
(2024年3月作成)