Vol.09
抗がん剤による高血圧
国立がん研究センター東病院
リサーチアドミニストレータ室
板垣麻衣 先生
■ 抗がん剤による高血圧
- 抗がん剤による高血圧
- 代表的な薬剤
- 発現機序
- 鑑別
- 重症度評価・リスク評価
- 予防
- 治療
板垣先生からのアドバイス
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早期発見のためのポイント
- ・抗がん剤による高血圧は、降圧薬での治療を行うことで症状コントロールが十分可能となる。そのため、抗がん剤治療の有効性を保つためにも、適切なタイミングで適切な治療を行うことが重要である。
- ・また、近年の抗がん剤治療は主に外来で治療が行われることから、患者による自宅での血圧測定および記録は早期発見の観点からも不可欠である。日頃の血圧測定の重要性について患者に理解いただくよう、医師のみならず、薬剤師・看護師からの丁寧な患者指導も必要となる。
-
重症化させないためのポイント
- ・血圧が高値で、嘔気や頭痛、胸・呼吸苦、めまいなどの症状が伴う場合、あるいはこれらの症状を伴わなくとも収縮期血圧180mmHg以上、拡張期血圧110mmHg以上といった重篤性・緊急性がある症状が発現した際の対応について、患者と確認しておく必要がある。特に高血圧の既往を持つ患者や心血管リスクを持つ患者ではハイリスク群となるため、フォローアップ体制の構築が望まれる。
近年、血管新生阻害作用や経口マルチキナーゼ阻害薬などといった副作用として高頻度に高血圧をきたす抗がん剤が増えてきている。
抗がん剤の副作用としての高血圧がもたらす担癌患者への長期的な不利益は明確ではないが、血管障害のリスク回避や、高血圧緊急症および切迫症の予防という観点から、適切な血圧管理を行っていくことは重要である。
【高血圧に注意が必要な薬剤】1)、2)
薬剤名 | 発現頻度※ | 発現時期※ | |
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抗VEGF抗体薬 | ベバシズマブ | 18.2 % | 投与初期から発現がみられる |
ラムシルマブ | 5〜15 %未満 | パクリタキセル併用:36日(中央値) 単剤:25日(中央値) |
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VEGF阻害剤 | アフリベルセプト ベータ | 37.4 % | 3サイクルまでの発現が多い |
マルチキナーゼ阻害薬 | パゾパニブ | 42.0 % | 24週以内 |
ポナチニブ | 14.1 % | 1.1ヵ月(中央値) | |
ソラフェニブ | 10 %以上 | 12週以内 | |
スニチニブ | 30.0 % | 28日までの発現が多い | |
アキシチニブ | 45.3 % | 29日(中央値) | |
レゴラフェニブ | 29.2 % | 2ヵ月までの発現が多い | |
バンデタニブ | 10 %以上 | 2ヵ月までの発現が多い | |
レンバチニブ | 56.0 % | 15日(中央値) |
※各製品電子添文、適正使用ガイド(2021年3月時点)
血管内皮増殖因子(VEGF)阻害による以下の異常が原因と考えられている。1)
器質的な異常
- ・毛細血管密度の減少
- ・血管内皮細胞のアポトーシス
機能的な異常
- ・NO産生の低下
- ・プロスタグランジンI2産生の低下
- ・エンドセリン(血管収縮物質)産生の増加
二次性高血圧や白衣高血圧、仮面高血圧を除外する必要がある。
また、薬剤誘発性高血圧の原因となる薬剤を併用していないかについても確認が必要である。
(1)抗がん剤以外の薬剤誘発性高血圧2)
薬剤誘発性高血圧
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(2)その他の原因疾患2)
腎血管性高血圧
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腎実質性高血圧
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クッシング症候群
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褐色細胞腫
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サブクリニカルクッシング症候群
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原発性アルドステロン症
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甲状腺機能低下症
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甲状腺機能亢進症
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副甲状腺機能亢進症
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睡眠時無呼吸症候群
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先端肥大症
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大動脈狭窄
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脳幹部血管圧迫
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高血圧の重症度評価には正しい血圧測定が不可欠であるため、治療開始前には測定法や基準値について患者に説明を行う。ただし、継続して測定することが最も重要であるため、個々の患者の生活の状況にあわせ柔軟に対応する必要がある。また、自宅での血圧記録については、外来受診時に持参してもらい、一緒に確認するとよい。
【家庭血圧測定の方法・条件・評価】3)
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【重症度評価】
Grade 1 |
成人: 収縮期血圧120~139mmHgまたは拡張期血圧80~89mmHg |
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Grade 2 |
成人: ベースラインが正常範囲の場合は収縮期血圧140~159mmHgまたは拡張期血圧90~99mmHg; |
Grade 3 |
成人: 収縮期血圧≧160mmHgまたは拡張期血圧≧100mmHg; |
Grade 4 |
成人および小児: 生命を脅かす(例:悪性高血圧、一過性または恒久的な神経障害、高血圧クリーゼ); |
Grade 5 | 死亡 |
有害事象共通用語規準 v5.0日本語訳JCOG版より引用
JCOG ホームページはこちら
また、抗がん剤治療が開始される前に、病歴聴取に基づきリスク層別化を行うなどして、高リスク患者をスクリーニングすることが重要である。
【高リスク患者のスクリーニング】3)
→ | 危険因子①の3つ以上または危険因子②の1つ以上が該当する | ||
→ | 血圧が160-179/100-109mmHg以上で、危険因子①の1つ以上が該当する | ||
→ | 血圧が180/110mmHg以上 | ||
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血管新生阻害薬やマルチキナーゼ阻害薬による高血圧の予防として確立されたものは知られていない。
血管新生阻害薬やマルチキナーゼ阻害薬による高血圧のマネジメント法は確立していないため、国内の高血圧治療ガイドラインやこれまでの臨床試験における減量・休薬基準に基づいて対応を行う。
治療の有効性から安易な休薬や減量は勧められない。そのため化学療法の継続と副作用のリスクを勘案し、副作用が十分コントロールできると判断される場合は、降圧薬の投与を行うなどにより治療を継続する。
【高血圧治療のフローチャート】
治療に関するフローチャートと高血圧発生時の対応例を以下に示す。
国立がん研究センター東病院 リサーチアドミニストレータ室 板垣麻衣先生 提供
【降圧薬の選択】2)
薬剤誘発性高血圧に対する降圧薬の選択を以下に示す。
第一・第二選択薬はレニン・アンジオテンシン系阻害薬またはCa拮抗薬であり、それらを併用しても血圧コントロールが不良な場合は、循環器、腎臓の専門医と連携して病態に応じた降圧薬を選択する。
- 第一・第二選択薬
- ARB、ACE阻害薬
- Ca拮抗薬
(ジヒドロピリジン系)
- 第三・第四選択薬
- β遮断薬、αβ遮断薬
- α遮断薬
- 利尿薬
- 降圧不十分な場合
- 抗がん剤の
減量、中断、薬剤変更
【病態に応じた降圧薬の積極的適応】3)
ARB、ACE阻害薬
左室肥大、LVEFの低下した心不全、心筋梗塞後、尿蛋白・微量アルブミン尿を有するCKDに積極的適応がある。LVEFの低下した心不全に使用する際は、少量から開始し漸増する。
ARB、ACE阻害薬ともに腎動脈狭窄症、高カリウム血症には慎重投与、妊婦には禁忌であり、さらにACE阻害薬は血管神経性浮腫、(特定の膜を用いるアフェレーシス・血液透析)に禁忌である。
Ca拮抗薬
左室肥大および狭心症に積極的適応があり、非ジヒドロピリジン系は頻脈にも積極的適応がある。心不全には慎重投与であり、非ジヒドロピリジン系は徐脈に禁忌である。
β遮断薬
LVEFの低下した心不全、頻脈、狭心症、心筋梗塞後に積極的適応がある。LVEFの低下した心不全に使用する際は、少量から開始し漸増する。また、狭心症に使用する際は、冠攣縮に注意が必要である。
耐糖能異常、閉塞性肺疾患、末梢動脈疾患には慎重投与、喘息、高度徐脈には禁忌である。
利尿薬(サイアザイド系)
LVEFの低下した心不全に積極的適応がある。
痛風、妊婦、耐糖能異常には慎重投与、血清ナトリウムおよびカリウム減少には禁忌である。
【緊急時の対応】2),3)
高度の血圧上昇(180/120mmHg以上)によって、脳、心、腎、大血管などの臓器に急性の障害が生じ進行する病態を高血圧緊急症という。このような場合は、迅速に診断し、直ちに降圧治療を開始する必要がある。以下に高血圧緊急症の主な病態を示す。
急性の臓器障害
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高血圧緊急症では入院治療が原則である。経静脈的に降圧薬を投与し、初期降圧目標に達した後内服薬を開始し、注射薬を漸減する。
なお、急速な臓器障害の進行がない、または進行の可能性が低い場合は、切迫症として内服薬による降圧治療を実施する。
高血圧緊急症の一般的な降圧目標
2021年4月更新
- <参考資料>
- 1) 岡元るみ子 他 編集,第3版 がん化学療法副作用対策ハンドブック,羊土社,2019.
- 2) 渡邊裕之 他 編集,対応の流れと治療のポイントがわかる フローチャート抗がん薬副作用,じほう,2020.
- 3) 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会 編集,高血圧治療ガイドライン 2019,ライフサイエンス出版,2019.