Vol.05
経口抗がん薬による悪心・嘔吐
宮城県立がんセンター 薬剤部
土屋雅美 先生
■ 経口抗がん薬による悪心・嘔吐
- 代表的な薬剤
- 発生機序
- 発現時期・期間
- 鑑別
- 評価
- 休薬・再開の目安
- 対処法
- 患者さんへの指導
重症化させないための土屋先生からのアドバイス
- 抗がん薬による悪心・嘔吐か、それ以外の原因かをアセスメントする
- 制吐薬の予防的処方と、適切なタイミングでの使用を指導する
- 薬剤だけではなく、食事や環境の工夫についてもアドバイスする
- 制吐薬服用後も改善がみられず症状が悪化する場合、また食事だけでなく飲水も困難な場合はすぐに受診を勧める
催吐リスク | 薬剤名 | |
---|---|---|
高度 (>90%) |
殺細胞性抗がん薬 | プロカルバジン |
中等度 (30-90%) |
殺細胞性抗がん薬 | シクロホスファミド、テモゾロミド、トリフルリジン・チピラシル配合剤 |
分子標的薬 | イマチニブ、クリゾチニブ、セリチニブ、レンバチニブ、ボスチニブ、パノビノスタット | |
軽度 (10-30%) |
殺細胞性抗がん薬 | エトポシド、フルダラビン、テガフール・ウラシル配合剤、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合剤、カペシタビン |
分子標的薬 | アファチニブ、アレクチニブ、エベロリムス、レゴラフェニブ、オラパリブ、ラパチニブ、パルボシクリブ、イキサゾミブ、スニチニブ、ニロチニブ、ポナチニブ、イブルチニブ、パゾパニブ、ボリノスタット、ダブラフェニブ、バンデタニブ | |
最小度 (<10%)< /td> | 殺細胞性抗がん薬 | メルファラン、メトトレキサート、ヒドロキシウレア |
分子標的薬 | ゲフィチニブ、エルロチニブ、ポマリドミド、ソラフェニブ、ベムラフェニブ、ルキソリチニブ、オシメルチニブ、サリドマイド、レナリドミド、ダサチニブ、トラメチニブ |
※内服抗がん薬の催吐リスクは、単回投与時ではなく、1コース投与した際の催吐リスクに基づき分類されている
悪心・嘔吐の発生機序2)
一般的な化学療法誘発性悪心・嘔吐の発現時期・期間
連日投与する経口抗がん薬では、投与期間中は悪心・嘔吐が発現する可能性がある。
悪心・嘔吐があった場合、つねに複数の原因を想定し、患者さんの状況や所見、臨床検査値などを考慮して原因を絞り込んでいく。1)
1. 抗がん薬による悪心・嘔吐
2. 放射線照射による悪心・嘔吐
3. (抗がん薬以外の)薬剤性
-
・オピオイド
・抗菌薬(エリスロマイシンなど)
4. その他の要因
-
・電解質異常(高カルシウム血症、低ナトリウム血症、高血糖など)
・尿毒症
・消化管狭窄、イレウスなど
・前庭機能障害
・中枢神経病変(脳腫瘍、脳転移など)
・消化管麻痺(薬剤性、腫瘍によるもの、糖尿病などその他の要因によるもの)
・唾液、気道分泌物の分泌過多
・精神的要因(不安、予測性悪心嘔吐など)
化学療法誘発性悪心・嘔吐の評価方法として、医療者による客観的評価には有害事象共通用語規準v4.0 日本語訳JCOG版 (CTCAE v4.0-JCOG) がしばしば用いられる。一方で、患者の悪心・嘔吐の程度について、医療者による過大・過少評価があることが報告されており、患者の主観的な評価が必要である。患者による悪心・嘔吐の評価ツールとしては、Visual Analogue Scale (VAS)、Numerical Rating Scale (NRS)、悪心・嘔吐に特異的なものとしてはMASCC antiemesis tool (MAT)、Functional Living Index Emesis (FLIE)、Index of Nausea, Vomiting, and Retching (IVNR)などが用いられる。近年、患者の自己評価に基づいて有害事象を測定できるPatient-Reported Outcome CTCAE (PRO-CTCAE)が開発され、臨床応用されつつある。
有害事象 | Grade 1 | Grade 2 | Grade 3 | Grade 4 | Grade 5 |
---|---|---|---|---|---|
悪心 | 摂食習慣に影響のない食欲低下 | 顕著な体重減少、脱水または栄養失調を伴わない経口摂取量の減少 | カロリーや水分の経口摂取が不十分; 経管栄養/TPN/入院を要する |
─ | ─ |
嘔吐 | 24時間に1-2エピソードの嘔吐 (5分以上間隔が開いたものをそれぞれ1エピソードとする) |
24時間に3-5エピソードの嘔吐 (5分以上間隔が開いたものをそれぞれ1エピソードとする) |
24時間に6エピソード以上の嘔吐 (5分以上間隔が開いたものをそれぞれ1エピソードとする); TPNまたは入院を要する |
生命を脅かす; 緊急処置を要する |
死亡 |
有害事象共通用語規準v4.0日本語訳JCOG版より
JCOG ホームページはこちら
9. PRO-CTCAE™ Symptom Term: Nausea | |||||
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吐き気 | |||||
この7日の間で、吐き気はありましたか? | |||||
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|||||
この7日の間で、吐き気は一番ひどい時でどの程度でしたか? | |||||
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10. PRO-CTCAE™ Symptom Term: Vomiting | |||||
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嘔吐 | |||||
この7日の間で、嘔吐はありましたか? | |||||
|
|||||
この7日の間で、嘔吐は一番ひどい時でどの程度でしたか? | |||||
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PRO-CTCAE & trade™ 日本語版より
Grade2の悪心・嘔吐が発現した場合にはおおむね支持療法を行うか休薬し、支持療法によってコントロールできない場合には投与量を一段階減量する。
Grade3の悪心・嘔吐が発現した場合は、投与量を一段階減量する。
詳細は臨床試験のプロトコール参照
日本癌治療学会編, 制吐薬適正使用ガイドライン第2版, 金原出版
・各薬剤の電子添文、適正使用ガイド等を必ず参照すること
・経口抗がん薬単剤と、注射抗がん薬との併用療法とで休薬再開基準が異なる場合もあるため注意が必要
・催吐リスク分類に応じた制吐薬の予防的投与を行う。
・多剤併用療法の場合は、最も催吐リスクが高い薬剤に準ずる。
高度・中等度リスクの経口抗がん薬:
MASCC/ESMOガイドライン2011において5-HT3受容体拮抗薬、副腎皮質ステロイドの2剤併用、NCCNガイドライン2015では5-HT3受容体拮抗薬の経口連日投与が推奨されているが、シクロホスファミド、エトポシド、テモゾロミドでは副腎皮質ステロイドが併用されていることが多い。
軽度・最小度リスクの経口抗がん薬:
軽度リスクに対しMASCC/ESMOガイドライン2011では5-HT3受容体拮抗薬、デキサメタゾン、ドパミン受容体拮抗薬を単剤で使用し、最小度リスクへの予防的使用は推奨されていない。NCCNガイドライン2015ではメトクロプラミド、プロクロルペラジン、ハロペリドールなどの連日投与(必要に応じて抗不安薬やH2受容体拮抗薬を併用)が推奨されている。
日本癌治療学会編, 制吐薬適正使用ガイドライン第2版, 金原出版
催吐リスク | 対応 |
---|---|
高度~中等度 | 5-HT3受容体拮抗薬:化学療法前から開始し、連日投与 副腎皮質ステロイド |
軽度~最小度 | 5-HT3受容体拮抗薬 デキサメタゾン4-8mg メトクロプラミド10-20mg プロクロルペラジン10mg など |
最小度 | 必要に応じて軽度リスクに準じた対応を考える |
注意)薬剤の使用にあたっては、各製品電子添文をご確認ください
・予防的投与を十分行っても悪心・嘔吐が発現・継続する場合(突出性悪心・嘔吐:breakthrough nausea and vomiting)、作用機序の異なる制吐薬を併用し、定時投与を行う。また、5-HT3受容体拮抗薬を予防に使用した場合、予防に用いたものと異なる5-HT3受容体拮抗薬に変更する。
・追加の制吐薬使用で悪心・嘔吐がコントロール可能であった場合、これらの追加制吐薬を定期使用する。追加の制吐薬使用でコントロール困難であった場合、悪心・嘔吐症状の再評価と投与量の調節、異なる作用機序の薬剤の追加などを考慮する。突出性悪心・嘔吐が出現した場合、次回治療からは制吐薬治療の強化を考慮する。
・胸焼けや消化不良症状の訴えに対しては、H2受容体拮抗薬、またはプロトンポンプ阻害薬を考慮する。
・不安が強い場合は抗不安薬などを使用する。1)
・非薬物療法的な対策も考慮する。
- 食事は少量ずつ、回数を増やす
- 食べやすい性状にする(柔らかくする、冷やすなど)
- 空腹感がなくても、少しでも何か食べるようにする(空腹により悪心・嘔吐が増強することがある)
- 好きなもの、食べられそうなものを食べる
- 室温やにおいなどに気を配る
分類 | 薬剤名・使用方法 |
---|---|
抗精神病薬 | オランザピン 5-10mg/回を1日1回内服、連日 |
プロクロルペラジン10mg/回を6時間毎内服 | |
ドパミンD2受容体拮抗薬 | メトクロプラミド10-20mg/回を4-6時間毎内服または静注 |
5-HT3受容体拮抗薬 | グラニセトロン1-2mg/回を1日1回内服、連日または1mg/回 1日2回内服または0.01mg/kg(最大1mg/body)を1日1回静注 |
オンダンセトロン16-24mg/回を1日1回内服、連日または8-16mgを1日1回静注 | |
ステロイド | デキサメタゾン16mg内服または静注、連日 |
注意)薬剤の使用にあたっては、各製品電子添文をご確認ください
・悪心・嘔吐の発生契機(体位変換時、空腹時、食事など)や患者さんの状態(便秘の有無、糖尿病の有無など)を考慮して上記から選択する。
・不安が強い場合は抗不安薬などを使用する。1)
- 事前に制吐薬が処方されている場合、指示通りの制吐薬の使用を促す(食事の有無に関わらず内服すること)
- 食事の工夫(対処法参照)を行うよう指導する
- 制吐薬を使用しても症状の改善がない、症状が悪化する、水分摂取不能、内服不能の場合はすぐに病院へ連絡するよう指導する
- 悪心・嘔吐の他に頭痛、めまいなどその他の症状がある場合もすぐに病院へ連絡するよう指導する
2021年5月更新
- <参考資料>
- 1) 日本癌治療学会,制吐薬適正使用ガイドライン 2015年10月【第2版】一部改訂版 ver.2.2(2018年10月).
- 2) 日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会 編,がん患者の消化器症状の緩和に関するガイドライン,金原出版,2011.