Vol.01
抗がん剤による下痢
国立がん研究センター東病院
薬剤師 副薬剤部長
米村雅人 先生
重症化させないための米村先生からのアドバイス
- 抗がん剤の副作用か、そのほかの原因があるか?
- 発現時期、可能性のある要因の確認
- 便の性状、回数
- 合併症の有無
- 症状の改善が無い、又は悪化があれば速やかに受診
- 身体状態不良であれば、速やかに受診
下痢を起こしやすい薬剤1)
薬効分類 | 薬剤名 | 発現時期 |
---|---|---|
代謝拮抗剤 | 5-FU、S-1、カペシタビン、メトトレキサート、シタラビン | ② |
トポイソメラーゼ阻害剤 | イリノテカン | ①、② |
アンスラサイクリン系薬剤 | ドキソルビシン、ダウノルビシン | ② |
プラチナ系薬剤 | シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン | ② |
分子標的薬 | ゲフィチニブ、アファチニブ、エベロリムス、アキシチニブ、 ボルテゾミブ、ラパチニブ |
③ |
免疫チェックポイント阻害剤 | ニボルマブ、イピリムマブ、ペンブロリズマブ | ③ |
有害事象 | Grade1 | Grade2 | Grade3 | Grade4 | Grade5 |
---|---|---|---|---|---|
下 痢 |
ベースラインと比べて<4回/日の
排便回数増加 ベースラインと比べて人工肛門からの
排泄量が軽度に増加 |
ベースラインと比べて4-6回/日の
排便回数増加 ベースラインと比べて人工肛門からの
排泄量が中等度増加 |
ベースラインと比べて7回以上/日の
排便回数増加 便失禁
入院を要する
ベースラインと比べて人工肛門からの
排泄量が高度に増加 身の回りの日常生活動作の制限
|
生命を脅かす
緊急処置を要する
|
死亡
|
有害事象共通用語規準v4.0日本語訳JCOG版より
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※グレード評価の際の留意点
- ・“nearest match”の原則:観察された有害事象が複数のGradeの定義に該当する場合には、総合的に判断して最も近いGradeに分類する。
- ・下痢の排便回数は、日常生活におけるベースラインの回数と比較する。
- ・直腸手術歴があり頻便の場合には、便の性状も踏まえ判断する。
- ・人工肛門を増設した結腸の位置により、便の性状が異なることを踏まえ判断する。
※下痢の評価の際の留意点
- ・通常は、便回数の増加と便の性状変化ではじまる。
- ・重度の場合には、水様便でしぶり腹となり、トイレから離れられない状況となる。
- ・下痢に伴う脱水や循環不全を示す症状として、粘膜の乾燥、乏尿や濃縮尿があり、頻脈や血圧低下を呈する。
- ・感染性腸炎との鑑別が重要。
1. 抗がん剤投与に伴う「下痢」
-
(1)早発性の下痢(コリン作動性の下痢)
コリン様作用によるもの。
24時間以内の発現時期、疝痛、鼻汁、流涙、流涎などのコリン様作用の有無、使用薬剤(主にイリノテカン)。2)
-
(2)遅発性の下痢
腸管粘膜障害によるもの。
投与7~10日後に発現する。3)
-
(3)自己免疫疾患に伴う下痢
免疫チェックポイント阻害剤の投与に伴うもの。
- 過度の免疫反応による
- 投与終了後、数ヶ月経過した後にも起こることがある。4)
-
(4)感染性腸炎
骨髄機能低下、腸内細菌による二次感染等によるもの。5)
- 鑑別は容易ではない。
・下痢とともに発熱や悪寒、腹痛があれば、感染性腸炎の可能性がある。
・血液検査所見から、感染の状態やリスク(白血球・好中球の推移、炎症所見)を考察する。
2. 抗がん剤以外の薬剤投与に伴う「下痢」
抗菌薬、制吐薬、NSAIDs、制酸剤、経腸栄養剤の再開・急速注入等による下痢。5)
3. がん自体に伴う症状の「下痢」
がん自体による胆汁酸の分泌障害。その他、ホルモン産生腫瘍、物理的な腸管障害など。5)
例:胆汁酸の分泌障害の場合、白色便が出る。
4. 放射線治療等の薬剤以外の治療に伴う「下痢」
- 経口抗がん剤を服薬中の場合は、中止・継続の判断を医療機関へ問い合わせるように説明する。
- 通常、グレード2(1日4〜6回)の下痢の場合、症状が回復するまで化学療法を休薬し、6) 再開時又は次回投与時に減量を考慮する。
抗がん剤に伴う下痢に対する治療の方針1)
背 景 | 判 断 | 薬 剤 | |
---|---|---|---|
コリン作動性の 下痢の場合 |
24時間以内の発現 疝痛、鼻汁、流涙、流涎などのコリン様作用の有無 使用薬剤(主にイリノテカン) |
抗コリン薬 | |
腸管粘膜の障害による遅発性の下痢の場合 | 投与 7~10日後に発現 |
(1)症状が軽度 | 収斂薬、吸着薬を使用し、さらに抗コリン薬を併用 |
(2)強い下痢、長く続く下痢 | ロペラミド等の腸管運動抑制薬 | ||
(3) (1) (2)が無効であったり、激しい下痢の場合 | オピオイド等+乳酸菌製剤 | ||
感染リスクが高い場合 | 白血球・好中球が減少し、感染リスクが高い場合 | 乳酸菌製剤(抗菌剤の併用が想定される場合には、耐性乳酸菌製剤) |
用いられる薬剤
分 類 | 薬 剤 | 作用機序、注意事項 |
---|---|---|
収斂薬 | タンニン酸アルブミン(※)、次硝酸ビスマス | 炎症の消褪・粘膜の刺激を緩和する。 |
吸着薬 | 天然ケイ酸アルミニウム | 過剰の水分、粘液などを吸着して排除する。 |
腸管運動抑制薬 | ロペラミド、コデイン(遅発性下痢) 抗コリン薬(早発性下痢) |
消化管運動の抑制。 ロペラミドは漫然と使用しない。 |
整腸剤 | 乳酸菌製剤 | 腸内pHを下げ、有害菌の侵入増殖を抑制する。 (イリノテカン投与中は、腸管が酸性側に傾くことが考えられるため使用しない) |
※ロペラミドとの併用に注意すること(ロペラミドの効果が減弱するおそれがある)
注意)薬剤の使用にあたっては、各製品電子添文をご確認ください
※国立がん研究センター東病院では、ロペラミド1mgカプセルを1回に2個内服
※上記、フローチャート使用の際の留意点
- ・ 下剤のコントロール不良に伴う下痢の場合には、まず下剤の調節が必要。
- ・ 感染性の下痢が疑われる場合には、ロペラミドの服用は行わない。
- ・ 免疫チェックポイント阻害剤を使用している場合には、以下の対応を参考にする。
- 十分量の水分を摂取するように指示する。
- 十分量の水分の摂取が難しい場合、電解質を含む水分を静脈内投与する。
- 1週間を超えて持続するGrade 3~4の下痢/大腸炎の場合、ステロイドの静脈内投与後、高用量の経口ステロイドを投与する。
- Grade 1以下に症状が回復した場合、4週間以上かけてステロイドを漸減する。
- 担当医と対応について、事前に協議しておく。
2019年10月更新
- <参考資料>
- 1) 濱口恵子 他 編,がん化学療法ケアガイド 改訂版,中山書店,2012.
- 2) 鈴木賢一 他 編,がん薬物療法の支持療法マニュアル,南江堂,2013.
- 3) 厚生労働省,重篤副作用疾患別対応マニュアル 重度の下痢,2010.
- 4) 門野岳史,Jpn. J. Clin. Immunol.,40(2):83-89(2017).
- 5) 田原信 編,フローチャートでわかるがん化学療法の副作用,南山堂,2015.
- 6) 岡元るみ子 他 編,改訂版 がん化学療法副作用対策ハンドブック,羊土社,2016.