はじめに
うつ病と片頭痛のように、頭痛はある種の精神疾患と共存(併発)しやすいことが知られています。また、精神疾患による症状の1つとして頭痛が出現することもあります。ここでは主に国際頭痛学会が作成した「国際頭痛分類 第3版」1)(以下、ICHD-3)ならびに、日本神経学会、日本頭痛学会、日本神経治療学会が共同で作成した「頭痛の診療ガイドライン2021」2)に基づき、頭痛と精神疾患の関連について概説します。
なお、各疾患の診断基準などの詳細についてはICHD-3をご参照ください。
目次
1.ICHD-3に記載されている精神疾患
ICHD-3に記載されている精神疾患を表1に示します。ICHD-3の本文では12.1 「身体化障害による頭痛」と12.2 「精神病性障害による頭痛」のみが記載されていますが、原疾患となる精神疾患の有病率を考慮すると、実臨床においては付録中に記載されているA12.3 「うつ病による頭痛」の方が遭遇頻度は高いと考えられます。なお、「身体化障害」という用語の使用にあたっては留意点が存在するため後述します。
表1 ICHD-3に記載されている精神疾患
12.1 | 身体化障害による頭痛 |
---|---|
12.2 | 精神病性障害による頭痛 |
A12.3 | うつ病による頭痛 |
A12.4 | 分離不安症/分離不安障害による頭痛 |
A12.5 | パニック症/パニック障害による頭痛 |
A12.6 | 限局性恐怖症による頭痛 |
A12.7 | 社交不安症/社交不安障害(社交恐怖)による頭痛 |
A12.8 | 全般不安症/全般性不安障害による頭痛 |
A12.9 | 心的外傷後ストレス障害(PTSD)による頭痛 |
付録に記載された疾患は、コード番号の前に“A”が付記される
2.精神疾患による頭痛について
表1にあげた疾患を中心に、代表的な疾患の特徴について概説します。なお、精神疾患による頭痛は、精神疾患が軽快するとともに消失するのが一般的であり、原則として精神科専門医による治療が望ましいため、ここでは治療については取り上げません。
■身体化障害による頭痛
①概要
- 患者が身体的症状を訴えるにもかかわらず、病歴・身体診察・検査などによる客観的な原因が見つからず、その症状が精神疾患に起因すると考えられる場合を「身体化」といい、身体化により生活に支障をきたしており、うつ病などの他の精神疾患を除外できるものを身体表現性障害という。
- 身体化障害は身体表現性障害の下位に分類される疾患で、一言で表すと「頭の先から足先まで、全身のあちこちが痛い、具合が悪い」と訴える病気である。
- 30歳以前に発症し、何年にもわたってさまざまな症状を訴える障害であり、その症状は、4つ以上の疼痛(頭部、腹部、背部、関節、四肢、胸部、直腸、月経時、性交時、排卵時など)、2つ以上の胃腸症状、1つ以上の性的症状、1つ以上の偽神経学的症状の組み合わせによって特徴づけられる。
- 男性よりも女性に多く発症し、過去には、「ヒステリー」や「ブリケ症候群」とよばれていたこともある。
- 境界性パーソナリティ障害などのパーソナリティ障害の共存リスクが高いことが知られている。
- 経過中にうつ病などの他の精神疾患を併存することがある。
- 予後はきわめて不良とされている。
②「身体化障害」と「身体症状症」について
- 2013年に改訂された米国精神医学会による「精神疾患の診断・統計マニュアル 第5版」3)(DSM-5)では、第4版改訂版(DSM-Ⅳ-TR)で使用されていた「身体表現性障害」「身体化障害」というカテゴリーがなくなり、代わりにこれに相当するものとして、それぞれ「身体症状症および関連症群」「身体症状症」というカテゴリーが追加された。
- ただし、「身体化障害」の診断基準に含まれていた「身体化」という概念が「身体症状症」では削除されるなど、両者の定義には異なる点があるため、ICHD-3における「身体化障害による頭痛」を単純に「身体症状症による頭痛」と言い換えることは適当ではない。
■精神病性障害による頭痛
- 精神病性障害では、「妄想」の1つとして頭痛を訴えることがある。
- 妄想とは、「他人には信じることができない誤った確信」であり、なおかつ「それに反する明らかな証拠があるにもかかわらず修正しないでいるもの」をさす(例:「宇宙人が電波を送ってきているため頭が痛い」など)。
- 妄想としての頭痛を認める代表的な疾患として「統合失調症」と「妄想性障害(身体型)」がある。
- 統合失調症による頭痛は、頭痛の要因となる妄想以外にも複数の妄想や幻覚・幻聴が存在することも多いため、比較的診断が容易で治療を導入しやすいのに対して、妄想性障害(身体型)による頭痛は、頭痛の要因となる妄想以外の妄想や幻覚がないことも多く、例えば「夜寝ている間に、妻がたたいてくるため頭が痛い」など妄想と見抜きにくい場合や、本人の病識が欠如している場合もあり、治療に難渋することがある。
■うつ病による頭痛
①概要
- 日本人におけるうつ病の生涯有病率は5.7%(17〜18人に1人)4)とされておりcommon diseaseであるため、ICHD-3に記載された「精神疾患による頭痛」のなかで、非専門医が遭遇する可能性が最も高い病型だと考えられる。
- 男女比は1:2で女性に多い。
- うつ病は一度軽快しても、約60%の患者で再発する5)。
- 頭重感や肩こりまでを頭痛に含めると、うつ病患者の大半が頭痛を訴えると考えられる。
- うつ病では腰痛、腹痛、不眠、食欲不振など、頭痛以外の身体症状も一緒に出現することが多い。
- もともと一次性頭痛に罹患している患者では、うつ病の発症により頭痛の発作頻度の増加や重症化を認めることがある。
- うつ病の初期では、頭痛をはじめとした身体症状を主訴として受診されることもあるため、頭痛を主訴に受診した患者であっても、抑うつ気分(抑うつエピソード)などの精神症状の有無を確認することが大切である。
②抑うつエピソード(うつ病相)のスクリーニング
- 頭痛患者がうつ病などの抑うつエピソードである可能性の有無を知るには、2質問法によるスクリーニングが有用である。2つの質問のうち1つでもあてはまれば陽性と判断する。特異度を高めるために「助けが必要か」という質問を追加した2質問+1法も有用である(表2)。
- 2質問法と2質問+1法のいずれも、陽性時のうつ病に対する感度は95%程度とされる6,7)。
- その他、うつ病の自己評価尺度として、CES-D (The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale)、QIDS-J(Quick Inventory of Depressive Symptomatology)、SDS(Self-rating Depression Scale)などがある。
表2 2質問(+1)法
1 | この1ヶ月間、気分が沈んだり、憂鬱な気持ちになったりすることがよくありましたか? |
---|---|
2 | この1ヶ月間、どうも物事に対して興味がわかない、あるいは心から楽しめない感じがよくありましたか? |
+1 | 現在、それらに対して、助け(help)が必要ですか? |
■双極性障害による頭痛
- ICHD-3には記載されていないが、精神科の臨床では双極性障害(躁うつ病)による頭痛に遭遇することも多い。
- 少なくとも1回以上の躁病エピソードがあるものを双極Ⅰ型障害と診断する〔通常は、いつかは抑うつエピソード(うつ病相)が出現する〕。また、少なくとも1回以上の軽躁病エピソードと、少なくとも1回以上の抑うつエピソード(うつ病相)があるものを双極Ⅱ型障害と診断する。これら2つをまとめて双極性障害と呼ぶことが多い。
- 日本人における双極性障害の有病率は0.4〜0.7%とされる8)。うつ病よりも発症年齢が低く、10歳代後半〜20歳代前半での発症が多い。男女比は約1:1とされる。
- 双極性障害においても、うつ病と同様に頭痛などの身体症状を主訴として受診されることがありうる。
- 双極性障害の治療には炭酸リチウムが使用されることが多いが、腎機能が低下した状態で使用すると血中濃度が上昇して致死的なリチウム中毒を引き起こす可能性があるため、腎血流量を低下させるNSAIDsの使用には注意が必要である。
3.頭痛と精神疾患の共存(comorbidity)について
■頭痛と共存しやすいことが示唆されている精神疾患
- 片頭痛や緊張型頭痛では、うつ病や不安症(パニック症)が共存することが多い9)。
- 非片頭痛患者と比較して、片頭痛患者ではうつ病のリスクが2~4倍増加する9)。
- 非精神疾患患者と比較して、反復性のうつ病患者では、前兆のない片頭痛が共存するオッズ比は3.7(95%CI 2.2〜6.1)、前兆のある片頭痛が共存するオッズ比は5.6(95%CI 3.5〜9.0)であった10)。
- 双極性障害患者における片頭痛の共存率は24.8%であった(男性14.9%、女性34.7%)11)。
- パニック症患者は非パニック症患者と比較して、片頭痛が共存するオッズ比が3.75であり、同様に全般不安症ではオッズ比が3.04であった12)。また、別の報告では、パニック症患者における片頭痛の共存率は61.1%であった13)。
- 月経前不快気分障害(PMDD)※患者における片頭痛の共存率は68.7%であった14)。
※月経前不快気分障害(PMDD):月経がはじまる7日〜2週間前になるごとに、気分の落ち込みやイライラ、極度の不安、情緒不安定、過食、過眠(睡眠過多)などが出現する精神疾患。その症状はうつ病に匹敵し、対人関係をはじめとする社会生活に支障をきたすほど強いにもかかわらず、月経がはじまるとともにすべての症状が消失するのが特徴15)。
■一次性頭痛と精神疾患が共存する患者の治療方針
- 監修者が実施したパニック症患者を対象とした調査によれば、パニック症の治療改善度と、片頭痛発作の改善度との間には正の相関(ρ=0.43、p=0.01)を認めた13)。そのため、一次性頭痛の治療と、共存する精神疾患の治療を同時並行で行うことで、両者の治療効果を向上させられる可能性があると考えられる。
4.薬剤の使用過多による頭痛(MOH)と精神疾患
- うつ病、パニック症、双極性障害などの精神疾患患者においては、MOH(特に難治例)の共存リスクが高い(これらの精神疾患では片頭痛の共存率が高いこと、また精神症状が重症になるほど片頭痛発作の頻度が高くなり鎮痛薬の使用機会が増加するため)。
- 境界性パーソナリティ障害の患者では、難治性のMOHになりやすいといわれており、注意が必要である。
- 精神疾患とMOHの共存は患者のQOLを大きく低下させるため、MOHを予防することが非常に大切である。
5.専門医紹介のタイミング
- 前述の通り、精神疾患と一次性頭痛が共存している患者はMOHになりやすいため、精神疾患による頭痛が疑われる患者は、精神科への紹介を早めに考慮する。
- 特に精神科通院歴がある患者について、頭痛以外の疼痛に対して10日間分以上のNSAIDsを処方される際は、MOH予防の観点から一次性頭痛の有無を聴取し、いわゆる頭痛もちの方であった場合にはMOHに関する情報提供をしたうえで、頭痛専門医もしくは精神科専門医への紹介も考慮する。
<参考>
- 1)日本頭痛学会・国際頭痛分類委員会:国際頭痛分類 第3版, 医学書院, 2018.
- 2)「頭痛の診療ガイドライン」作成委員会:頭痛の診療ガイドライン2021, 医学書院, 2021.
- 3)日本精神神経学会 日本語版用語監修:DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル, 医学書院, 2014.
- 4)川上憲人:精神疾患の有病率等に関する大規模疫学調査研究:世界精神保健日本調査セカンド.厚生労働省厚生労働科学研究費補助金(障害者対策総合研究事業)総合研究報告書,2016.
- 5)厚生労働省:うつ対応マニュアル-保健医療従事者のために-:コラム・活動事例・資料編.資料1:うつ病について,2004. https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/01/s0126-5g.html#s1
- 6)Bosanquet K, et al. : Diagnostic accuracy of the Whooley questions for the identification of depression: a diagnostic meta-analysis. BMJ Open 2015;5:e008913.
- 7)Arroll B, et al. : Effect of the addition of a “help” question to two screening questions on specificity for diagnosis of depression in general practice: diagnostic validity study. BMJ 2005;331:884.
- 8)厚生労働省:みんなのメンタルヘルス総合サイト:双極性障害(躁うつ病).https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_bipolar.html
- 9)「頭痛の診療ガイドライン」作成委員会:頭痛の診療ガイドライン2021, p51-52, 医学書院, 2021.
- 10)Samaan Z, et al. : Migraine in recurrent depression: case-control study. The British Journal of Psychiatry 2009;194:350-354.
- 11)Mclntyre RS, et al. : The prevalence and impact of migraine headache in bipolar disorder: results from the Canadian Community Health Survey. Headache 2006;46:973-982.
- 12)Kalaydjian A, & Merikangas K : Physical and mental comorbidity of headache in a nationally representative sample of U.S. adults. Psychosom Med 2008;70:773-780.
- 13)Yamada K, et al. : High prevalence of comorbidity of migraine in outpatients with panic disorder and effectiveness of psychopharmacotherapy for both disorders: A retrospective open label study. Psychiatry Research 2011;185:145-148.
- 14)Yamada K : High prevalence of menstrual migraine comorbidity in patients with premenstrual dysphoric disorder: Retrospective survey. Cephalalgia 2016;36:294-295.
- 15)山田和男:月経前不快気分障害(PMDD)〜エビデンスとエクスペリエンス,星和書店,2017.