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専門医が解説する「頭痛」のこと

総監修:社会医療法人 寿会
富永病院 副院長・脳神経内科部長・頭痛センター長/
富永クリニック 院長
竹島 多賀夫 先生

頭痛ダイアリーの活用〜頭痛診療の今後の展望を交えて〜

はじめに 〜頭痛ダイアリーについて

頭痛ダイアリーとは、日々の頭痛の症状などを患者さん自らに記録してもらうための治療ダイアリーのことです(図)。2000年頃に誕生して以降、頭痛専門医を中心に頭痛診療の現場で活用されるようになり、いまでは頭痛専門医にとって欠かすことのできないツールになっています(頭痛ダイアリー開発のきっかけはコチラ)。ここでは、主に頭痛専門医以外の医療者の方々へ向けて頭痛ダイアリーの意義や活用のポイントを解説していきます。

図:頭痛ダイアリー(監修:坂井文彦先生)

1.「たかが頭痛」から「治療すべき疾患」へ…頭痛診療の変化

Point

  • 医療者間においても患者間においても、慢性頭痛は治療すべき疾患であるという認識が広がりつつある
  • 近年の頭痛診療の標準化やレベルの向上、新薬の登場などにより、頭痛診療への医学的関心が高まっている

頭痛は「たかが頭痛」として、長年に渡り医学的にも社会的にも軽視されてきた歴史があります。しかし、日本頭痛学会や日本頭痛学会認定頭痛専門医(以下、頭痛専門医)らによるエビデンスの構築、頭痛教室や市民公開講座などの啓蒙活動によって、頭痛のなかには「慢性頭痛」という生活支障度が高い頭痛が存在することが知られるようになりました。これにより、昨今では「治療すべき疾患」としての認知が徐々に広がってきており、頭痛を主訴に病院を受診される方の数も増加しています。

また、頭痛専門医制度や診療ガイドラインの整備により、診療の標準化とレベルの向上が進んできたことや、昨今の新薬の登場によって、非専門医の医学的関心が高まってきていることも認知度の向上の背景にあると考えられます。

最近では、市民公開講座や頭痛教室の場において、患者さん自ら情報発信する姿を目にすることが増えてきました。頭痛の支障度はMRIでも可視化することはできず、患者さん自身にしかわかりませんので、このような状況の変化が頭痛のさらなる理解につながっていくことが期待されます。

2.頭痛ダイアリー活用の意義は?

Point

頭痛ダイアリーとは…

  • 検査ではわからない患者さんの辛さと支障度、頭痛の起こり方と経過を可視化できるツールである
  • 患者さんと医療者がお互いを理解するためのコミュニケーションツールである
  • 患者さんが自らの頭痛を観察し、性状を理解・発見するためのツールである

■「患者さんから教わる」ためのツールとして

医療においては「患者さんから教わることが大切である」ということがよくいわれますが、頭痛診療はその最たるものです。多くの一次性頭痛は検査では異常を検出できないため、患者さんの症状と辛さ、起こり方と経過を知るには患者さんに教えてもらうしかありません。医療者側がそれらの情報を把握しないことには医療は成り立ちませんので、その点において、患者さん自らに症状を記入してもらう頭痛ダイアリーは頭痛診療における必須のツールであるといえます。ただし、これは裏を返せば患者さんに頭痛ダイアリーを記入してもらったとしても、医療者が頭痛ダイアリーをしっかり読まないのであれば、医療は成り立ち得ないため注意が必要です。

■患者さんとのコミュニケーションツールとして

頭痛ダイアリーには、患者さんと医療者がお互いを理解するためのコミュニケーションツールとしての役割があります。ご自身の辛い思いを誰かに知ってもらいたいと願っている患者さんは多いため、頭痛ダイアリーを通じて医療者がその思いをしっかり受け止めることは、信頼関係の構築や良好なコミュニケーションにつながります。

近年、頭痛領域ではNarrative Based Medicine(NBM、ナラティブ・ベースド・メディスン)、すなわち「患者さんと医師の物語と対話に基づく医療」の重要性が注目されていますが、より深いコミュニケーションを目指すうえで、頭痛ダイアリーが役立つでしょう。

■患者さんが自らの頭痛について「発見」するためのツールとして

頭痛ダイアリーへの記入を通じて、患者さんが自分の頭痛をよく観察するようになることにも重要な意義があります。患者さん一人ひとりにあったベストな治療を実践するには、まず患者さんが何に苦しんでいるのかを知らなければなりませんが、それには、まず患者さんが自らの頭痛の性状を「発見」する必要があります。また、自らの頭痛への理解が深まることで治療への納得感が増すため、頭痛治療において欠かすことのできないセルフケアにも積極的に取り組むようになることが期待できます。

3.頭痛ダイアリー活用の実際

Point

  • 頭痛ダイアリーを十分に活用していくには、片頭痛の発症機序や性状の理解が不可欠である
  • 慢性的な頭痛を主訴に受診した患者さんには、頭痛ダイアリーの記入を依頼することが望ましい
  • 頭痛ダイアリーには全項目を記入してもらう必要はない。最低限、頭痛が起きた「日付」と「曜日」、頭痛の「程度」と「持続時間」、そして女性であれば「月経の有無」のみでよい

■頭痛ダイアリーの活用に必要な知識とは

頭痛ダイアリーは頭痛診療全般に活用できますが、なかでも特に片頭痛診療に力を発揮するツールです。そのため、頭痛ダイアリーを十分に活用していくには、片頭痛の発症機序や発症時の性状・パターンを理解しておく必要があります。

■頭痛ダイアリーの記入依頼をすべき患者さん

慢性的な頭痛を主訴に受診した患者さんには、初診である程度診断がついたとしても、原則として全員に頭痛ダイアリーの記入を依頼することが望ましいと考えます。頭痛ダイアリーの情報は診断だけではなく、その後の継続的な評価と治療方針の決定にも役立ちます。

■患者さんに記入してもらう際のポイント

頭痛ダイアリーには多くの記入項目がありますが、必ずしも全項目を記入してもらう必要はありません。最低限、頭痛が起きた「日付」と「曜日」、頭痛の「程度」と「持続時間」、そして女性であれば「月経の有無」を記入してもらえれば基本的な情報としては十分です。

患者さんの頭痛をより深く知りたければ、それ以外の項目についても記入してもらうに越したことはありませんが、面倒に思われてしまうと頭痛ダイアリーの記入自体をやめてしまう恐れがあるため、余裕がある方には記入いただくというスタンスで問題ありません。患者さんに合わせて調整するとよいでしょう。

図:頭痛ダイアリー記入例(監修:坂井文彦先生)

4.頭痛診療における医療連携の必要性と頭痛ダイアリーの活用

Point

  • 片頭痛患者は多く存在し、生活支障度の高い方も多い。すべての方に十分な頭痛医療を届けるには非専門医の協力が不可欠である
  • 近年、医療連携の必要性が高まっており、全国で取り組みがはじまっている

代表的な一次性頭痛として知られている片頭痛は生活支障度が高く、寝込む方も少なくありません。日本人における片頭痛の有病率は8.4%1)と推測されることから、医療の支援が必要な患者さんがまだまだ多く存在すると考えられます。一方で、頭痛専門医は全国で約900名(2022年8月現在)しかいないため、すべての患者さんに十分な頭痛医療を届けるためには、非専門医、なかでも特にかかりつけ医の方々の協力が不可欠です。

また、2021年に発売開始された片頭痛予防薬のカルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:CGRP)関連抗体薬の処方には、日本神経学会、日本頭痛学会、日本内科学会(総合内科専門医)、日本脳神経外科学会のいずれかの専門医であることが必要要件として定められているため、専門医と非専門医間の医療連携の必要性は今後ますます高まっていくと考えられています。

潜在的に非常に多くの患者さんが存在する頭痛診療において、持続可能な医療連携を確立するには、他の神経疾患よりも簡潔に専門医と非専門医が情報交換できる仕組みが必要です。この仕組みづくりにおいて、頭痛ダイアリーは基本的なツールとして活用できる可能性があります。

■医療連携に向けた全国各地の取り組み

2022年度よりさいたま市内の4医師会(大宮、与野、浦和、岩槻)主導で、「さいたま市片頭痛研究会」という専門医とかかりつけ医の医療連携に向けた取り組みを開始しました。講演会をはじめとした活動を2ヶ月に1回程度実施しており、近日中に市民公開講座も開催予定です(2022年8月時点)。同様の取り組みは、静岡、大阪、仙台など全国各地ではじまっており、今後の広がりが期待できます。

5.頭痛診療におけるチーム医療の展望

Point

  • 頭痛の発症と悪化要因はさまざまであるため、患者満足度向上にはさまざまな分野の専門家の協力が重要である
  • 看護師の役割の1つの方向性として患者さんと医師のリエゾン的役割が考えられる
  • 薬剤師の基本的な役割は服薬指導である。患者さんの相談相手としての役割も期待されるが、その前提として医師と診療上の考え方を統一しておく必要がある

■頭痛診療におけるチーム医療の必要性

頭痛の発症や悪化にはさまざまな要因が関係しているため、頭痛診療を今後さらに発展させ、患者満足度をより高めていくためには、理学療法(頭痛体操)、作業療法(生活指導)、心理療法、鍼、ヨガなど、医師以外のさまざまな分野の専門家に協力してもらうことが重要です。当院で開発した頭痛体操も多職種との協働のなかで生まれた成果の1つです。

※頭痛体操は緊張型頭痛の緩和と片頭痛発作の早期発見を目的としたセルフケアです。板状筋にある緊張型頭痛の圧痛部位をほぐすことで緊張型頭痛の症状を緩和します。片頭痛は動くと悪化するため、二次性頭痛が否定されている方が頭痛体操を行い頭痛が悪化した場合、片頭痛を発見したともいえます。このように、体操によって自ら頭痛をコントロールしたり発見したりすることは患者さんの治療意欲を向上させ、適切なセルフケアの実施につながることが期待できます(頭痛体操の詳しい方法はコチラ)。

■看護師に期待される役割

頭痛診療に特有の看護師の役割についてはまだ議論の途上にありますが、1つの可能性として、日本頭痛学会の下部組織であり看護師が中心になって発足したJPAC(Japan Patient Advocacy Coalition:頭痛医療を促進する患者と医療従事者の会)の活動に参加したり、多忙な医師に代わって頭痛ダイアリーの記載内容を把握して医師に要点を伝える役割を担ったりすることで、患者さんと医師のリエゾン的役割を果たしていくことが考えられています。

■薬剤師に期待される役割

保険薬局と病院のいずれにおいても、頭痛診療における薬剤師の基本的な役割は服薬指導です。特に、作用機序にもとづいた服薬指導の実施が求められています。トリプタンを単に強めの鎮痛薬であると思っている患者さんはいまだに多いですし、近年、新たな作用機序をもった薬が次々と発売されていますから、今後ますますその役割が重要になってくると思われます。

また、医師よりも相談しやすい医療者として患者さんの療養上の不安を解消していく役割も期待されます。ただし、その前提として薬剤師は医師の診療上の考え方を理解していなければなりません。頭痛の一般的な治療戦略のみならず、医師が患者さんの状態に応じて個別に立案した戦略の目的や意図まで理解したうえで指導にあたらなければ、医師と薬剤師の説明に食い違いが生じ、患者さんを混乱させてしまうことになるからです。

6.さいごに

頭痛ダイアリーは、非専門医こそ得られる情報が多いツールですので、慢性頭痛の患者さんを診た際にはぜひ一度活用してもらいたいと思います。

また、今後の頭痛診療のさらなる発展に向けて、頭痛診療に興味をもってくれる医療者が増えていくことを切に願っています。最近では医療連携や多職種連携を目的とした講演会や研究会も増えてきていますので、少しでも興味があればぜひ参加して、専門医とディスカッションをしてもらいたいと思います。これから全国各地でディスカッションが深まり、やがて実際の医療の質の向上につながっていくに違いありません。

文献
  1. 1)Sakai F, Igarashi H : Prevalence of migraine in Japan : a nationwide survey. Cephalalgia 1997;17:15-22.