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施設の取り組み
市立芦屋病院 薬剤部

処方設計と
処方提案を
中心に緩和ケアを
サポートする

市立芦屋病院
薬剤部

01緩和ケア病棟、
緩和ケアチームにおける薬剤師の現状

岡本禎晃 氏(市立芦屋病院 薬剤部長・緩和薬物療法認定薬剤師)

YOSHIAKI OKAMOTO岡本 禎晃氏(市立芦屋病院 
薬剤部長・緩和薬物療法認定薬剤師)

1952年に設立された市立芦屋病院(小関萬里病院長・199床)は、市内に3つある病院の中でも基幹病院に位置づけられている。2009年に総務省の公立病院改革ガイドラインに則った中期5か年の改革プランを策定して以来、同院では「医療における地産地消」を提唱し、診療の質向上に取り組んできた。

がん医療については検診から治療まで積極的に展開し、なかでも化学療法は2001年に他院に先駆けて腫瘍内科を新設し、現在では阪神地区における中核的な役割を担っている。また、2012年には、患者さんからの要望を受けて緩和ケア病棟を開設。緩和薬物療法認定薬剤師の資格を持つ薬剤部長の岡本禎晃氏は、緩和ケア病棟を立ち上げるために大阪大学医学部附属病院から招聘された人物だ。

緩和ケア病棟の必要性は、がん対策基本法が制定されて以来、医療界に少しずつ認識されるようになっていたが、平成24年度の診療報酬改定を受けて緩和ケア病棟を新設する医療機関が一気に増えた。それまで全国に100施設程度だったものが、現在では診療報酬を算定していない医療機関を含めると300施設を超える。これに伴い、問題となってきたのが質の担保である。そもそも緩和ケア医の数が足りないうえに、看護師の教育体制も十分ではない現状があり、岡本氏が理事を務める日本ホスピス緩和ケア協会においても専門委員会を設置して議論が進行中だ。

一方、平成24年度の診療報酬改定では薬剤師を対象に「病棟薬剤業務実施加算」が新設されたが、岡本氏によると緩和ケア病棟で活動していた薬剤師にマイナスの影響が出ているという。「以前から緩和ケア病棟では薬剤管理指導料を算定することができなかったのですが、これに加えて病棟薬剤業務実施加算も外されてしまい、緩和ケア病棟の薬剤師が他の病棟に回されるといった事態が全国的に起こっています」と岡本氏は打ち明ける。

さらに、緩和ケア病棟同様、ここ数年、急速に普及してきた緩和ケアチームも精神科医の不足により「緩和ケア診療加算」を算定できていない医療機関が多い。その結果、採算の取れないチームに薬剤師を参画させるかどうかが議論となっている。

02緩和ケアチームの薬剤師には
オールマイティな能力が求められている

薬剤師が緩和ケアに関与しづらい状況の中、市立芦屋病院の薬剤部では非常勤を含め11名いる薬剤師のうち、緩和ケア病棟と緩和ケアチームに1名ずつ配置している。また、岡本氏は両方にかかわっているので、いずれも実質的には薬剤師2人体制となっている。

緩和ケアといっても病棟とチームでは薬剤師のかかわり方は異なり、緩和ケアチームの場合は構成されるメンバーによって薬剤師の実際の仕事が決まってくる側面がある。「例えば、チームの中に緩和ケア医がいなければ麻薬をはじめ身体的症状を緩和する薬剤を検討するのは薬剤師の仕事になりますし、反対に精神科医がいなければ精神的症状を緩和する薬剤の検討を一手に引き受けることになります」と岡本氏は説明する。さらに看護師が忙しければベッドサイドに出向き、代わりに患者さんの訴えに耳を傾ける。つまり、緩和ケアチームにおける薬剤師の役割はチームに足りない部分を補強することであり、どのような状況にも対応できるオールマイティな能力が求められる。

また、主治医へのコンサルテーションにあたっては用法・用量はもちろん、投与期間や投与間隔、投薬にあたって注意すべき点を細かく伝える。「主治医も自分で判断が難しいからこそ緩和ケアチームに問い合わせてきているので、丁寧に説明する必要がありますし、そこまでやらなければ薬物療法を支援したことにはなりません」と岡本氏は言い切る。

そして、このような働きかけを続けることによって、主治医は患者さんに対して痛みなどの不快な症状を自発的に尋ねてくれるようになるという。その理由について岡本氏は「患者さんの治療に全面的な責任を負っている主治医である以上、対処法がない症状について確認することは心理的にも難しいのです。対処法があると知った段階で主治医も安心して患者さんの訴えを聞けるのでしょう」と説明する。

さらに、岡本氏は「ベッドサイドに出向いて患者さんの状態を必ず確認しなければ最も適切な薬剤は選択できない」とも指摘する。岡本氏は、どの薬剤師も“自分なりの回答”を持ったうえで処方設計や処方提案が行えるように日頃から症例検討を重視しており、院内だけでなく地域で開催する研修会にも症例検討会を積極的に導入している。

03緩和ケア病棟では患者さんのニーズに
応じて薬剤を調整

一方、同院の緩和ケア病棟には24床に対して2名の緩和ケア医が配置されていて比較的手厚い人員体制となっている。そのため、緩和ケアチームとは異なり、麻薬などの処方設計は緩和ケア医の仕事になっており、薬剤師は緩和ケア医が処方設計した内容を相互作用や副作用の観点からダブルチェックすることが主な仕事となっている。「糖尿病などを患っているがん患者さんもいますが、緩和ケア医は生活習慣病の薬剤に関しては一般的には得意ではないので、持参薬の確認やサポートを薬剤師が行っています」(岡本氏)。

さらに困難な症例の患者さんに対しては薬剤師から適応外使用を提案することも少なくないが、この場合も患者さんの状態を知っておくことが重要で、ベッドサイドに出向いて確認するほか、緩和ケア病棟で毎朝行われるミーティングでさまざまな情報を収集する。

「治すことが主目的ではない緩和ケア病棟では、患者さんのニーズに応じて薬剤を処方設計したり調整したりすることが求められます。しかし、緩和ケア病棟に入院している患者さんのニーズは多種多様で、しかも薬剤部長の肩書を持つ私には遠慮して本音を言わないこともあります。このようなときに頼りになるのが病棟看護師の情報です」(岡本氏)。緩和ケア病棟では多職種が協力し合って患者さんのニーズをできるだけ汲み取り、日々の診療に反映する努力が行われている。

04保険薬局に最も期待するのは在宅緩和ケア
の延長線上にあるグリーフケア

また、薬剤部の最近の取り組みの中で力を入れているのが地域の保険薬局との連携だ。同院では今年2月から処方せんに臨床検査値を記載し、保険薬局への情報提供を開始した。岡本氏は「がん化学療法をはじめ、より高度な薬物療法の実践に生かしてほしい」と願う。

緩和ケアに関してもすでに地域の保険薬局と定期的に合同勉強会を開催している。在宅緩和ケアの活動については地域差が大きいともいわれるが、芦屋市では興味を持って取り組んでもらえる保険薬局は少なくない。「自宅で麻薬を使用しながら療養するがん患者さんは少ないため、麻薬の在庫を抱える経営的なリスクは否定できませんが、地域の保険薬局には在宅緩和ケアに積極的にかかわってほしい」と岡本氏は希望する。

というのも岡本氏が保険薬局に最も期待しているのは、痛みのコントロールや症状緩和もさることながら、在宅緩和ケアの延長線上にあるグリーフケア(遺族ケア)だからだ。「当院では月1回、患者さん向けのコンサートを行っており、その場は遺族の方も参加できるためグリーフケアも兼ねているのですが、病院ができることには限界があることも痛感しています」と岡本氏は打ち明ける。

その点、地域に密着して活動する保険薬局は患者さんやそのご家族のことをよく知っているうえに、患者さんが亡くなった後も家族との関係性を保っているので、グリーフケアにも取り組みやすいと岡本氏は考える。「ひきこもっているご家族の方はグリーフケアの対象になりますし、その中で落ち込みがひどい人をどのくらい拾い上げて場合によっては精神科などに受診勧告できるかということが1つのポイントになります。保険薬局の薬剤師にはグリーフケアの概念とその役割を自分たちが担えることをまず知ってほしいと思います」(岡本氏)。

市立芦屋病院の緩和ケア病棟をゼロから立ち上げてその運営にかかわり、緩和ケアチームではあらゆる苦痛を緩和する処方設計を中心に患者さんやそのご家族を支えることに尽力してきた岡本氏のまなざしは今、地域で幅広い緩和ケアを広げていくことにも注がれている。


2015年2月取材

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