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施設の取り組み
大阪大学医学部附属病院

前立腺センターを拠点に
前立腺がん治療に
他科連携で挑む

大阪大学医学部附属病院

01他科連携による治療体制を基盤に
「前立腺センター」を設立

野々村 祝夫氏(大阪大学大学院医学系研究科器官制御外科学(泌尿器科学)教授)

NORIO NONOMURA野々村 祝夫氏(大阪大学大学院医学系研究科器官制御外科学(泌尿器科学)教授)

150年近い歴史の中で、常に日本の医療をリードしてきた大阪大学医学部附属病院(野口眞三郎病院長・1086床)は、いずれの診療科も国内トップレベルの診療技術を誇り、関西のみならず全国の住民、医療機関から厚い信頼を集めてきた。野々村祝夫氏が率いる泌尿器科では、がんをはじめ、男性不妊症、排尿障害、腎移植、先天性奇形、男性更年期障害など、泌尿器にかかわるあらゆる疾患に対応し、なかでもがんの手術は年間400例近くにも及び、国内トップレベルの実績だ。腎・副腎・尿管などのがんに対しては腹腔鏡による低侵襲手術を積極的に行っており、前立腺がんに対するロボット手術(ロボット支援内視鏡下前立腺全摘除術)も2012年11月より開始した。「前立腺がんの手術は年間70~80件ですが、現在ではほぼ全例でロボット手術を行っています。従来の腹腔鏡下手術もしくは開腹手術は年間1、2例です」と野々村氏は説明する。前立腺がんに対しては手術だけでなく、集学放射線治療学研究部と緊密に連携しながら強度変調式放射線療法(IMRT)を含む外照射、高線量率組織内照射、密封小線源療法など多くの治療オプションを備えているのも大きな特徴の一つだ。

こうした他科連携による治療体制が早くから整っていたため、病院側が計画していたセンター化構想の一環として、2006年4月に機能的なユニットを備えた「前立腺センター」が設立された。このセンターの整備を中心的にすすめてきたのが野々村氏である。同センターの設立目的は高齢化に伴い増加し続ける前立腺疾患に対応することであったため、前立腺肥大症による排尿機能異常の治療にも取り組んでいるが、やはり大学病院として期待されるのは前立腺がんの治療だ。設立以来、各地の医療機関から毎週6~7人の患者さんが紹介されてきているが、そのほとんどは前立腺がんの患者さんで、同センターは早期前立腺がんにおける集学的治療の一大拠点としての役割を担っている。

02共同診療により患者さんの納得感や満足感が
確実に高まっている

前立腺センターに紹介されてくる患者さんのうち、前立腺がんの診断がついているケースは約半数で、残りは腫瘍マーカーのPSA値が高値の患者さんである。後者の場合は短期入院による前立腺生検を行い、診断を確定する。現在、早期の前立腺がん(転移のない根治可能な症例)に行える治療は、①手術療法、②放射線療法(外照射)、③高線量率組織内照射、④密封小線源療法といった4種類の方法がある。しかし、「根治性」と「治療に伴う後遺症(性機能障害、排尿障害)」を天秤にかけて治療法を検討してみると、どの治療法にも一長一短があり、患者さんの選択は容易ではない。

「前立腺がんの治療は個別性が高いので、単純に診療ガイドラインに則った治療法をそのまま実施するのではなく、患者さんの置かれている社会環境や要望などを加味したうえで治療法を決めることが大切です」と野々村氏は示唆する。つまり、治療法の選択にあたっては患者さんとしっかり話し合うことが不可欠で、その前提として患者さんにはそれぞれの治療法について正しく理解してもらう必要がある。だが、それは泌尿器科医の説明だけでは十分とは言い難い。

そこで、前立腺センターを設立したときに、野々村氏は泌尿器科医の説明と同じ日に放射線治療医の説明も聞けるシステムを導入した。「患者さんには、治療後に“あのとき、こうすればよかった”と後悔が残らないようにしてほしいというのが我々の願いですが、前立腺センターで共同診療を行うようになり、治療に対する患者さんの納得感や満足感は確実に高まっていると感じています」と野々村氏は手応えを語る。それは治療への向き合い方にも良い影響を与え、とくにがんが再燃したとき、患者さんはショックを受けつつも、事実に対する受け入れがよいという。

03ロボット手術の普及で治療の選択肢が拡がる

前立腺センターでは前述のとおり、転移のない根治可能な症例を対象としているが、これからは対象とする症例に拡がりが出てきそうだ。というのもロボット手術の普及により治療の選択肢が変わりつつあるからだ。たとえば、局所の悪性度が高いタイプのがんは従来、放射線療法を選択する傾向にあった。手術と治療成績が同等であれば侵襲性の少ない治療法のほうがよいと考えられていたためで、さらに放射線療法では、がんの周囲の組織まで放射線が照射されるため、その分だけ高い効果が期待された。

「ところが放射線療法の場合、性機能をつかさどる神経を外して照射することが難しいので、治療後に性機能障害を伴うことがあります。一方、ロボット手術では神経を温存しながら周囲の組織を剥離する拡大手術をしやすくなったので、性機能が障害される可能性は低くなりました」と野々村氏は説明する。その結果、放射線療法とロボット手術のどちらの治療法を選択するかという新たな問題に悩む患者さんも増えている。

「患者さんがどのような状況に置かれても最善の治療法を選べるように、前立腺センターでは病理医や放射線診断医にも参加してもらってキャンサーボード(合同カンファレンス)を開催できるようになることが理想的だと考えています」と野々村氏。なかでも泌尿器科医が診断をつけて治療戦略を検討するうえで重要なカギを握る病理医とは直に討議する場を設けたいとの思いが強い。「病理レポートでグリソンスコア(前立腺がんの悪性度)4の評価の場合、真ん中よりちょっと悪いがんという印象ですが、それが5に近い4なのか、3に近い4なのかで治療戦略もかなり変わってきます。病理レポートの書面からは計りかねる情報を、病理医からいろいろ受け取り、その患者さんにとって、どの治療法が最も有効なのかをしっかり吟味していきたいのです」(野々村氏)。

04「病診連携」が前立腺センターの
診療機能を向上させるカギに

前立腺センターの診療機能をさらに向上するには、こうした他科との連携に加え、地域の医療機関との連携も欠かせない。「前立腺がんにはPSA値という明確な指標があるので、他のがんよりもアフターフォローに対する病診連携が取りやすいと考えています。」と野々村氏は語る。

前立腺がんは2015年、男性が罹患するがんの第1位となった。高齢社会を反映し、これからも増加の一途をたどることが予測されている。「究極の治療は予防だといわれますが、前立腺がんは治癒率の高いがんゆえにPSA検診の受診率を向上し、早期発見につなげ、待機療法をはじめ適切な治療を行っていくことが医療費抑制の観点からみてもより大切になってきます」(野々村氏)。

05前立腺がんの創薬に取り組み、
医師主導型臨床試験をスタート

2015年8月、大阪大学医学部附属病院は、長年にわたる臨床研究の取り組みが評価されて日本で初めて「臨床研究中核病院」の指定を受けた。これは日本発の革新的医薬品・医療機器の開発を行う際に必要とされる質の高い臨床研究を推進するために、2015年4月から医療法上で制度化された施設のことで、同大学病院を含め全国で8つの医療機関がハードルの高い承認要件をクリアして承認されている(2016年4月1日現在)。

この指定により弾みがついた同大学病院では以前にも増して先進医療の開発に力を入れており、今後は製薬企業との連携もさらに強化し日本の臨床研究を牽引していきたいと意欲的だ。泌尿器科においても新薬の開発は柱の1つで、基礎医学(遺伝子治療学分野)の金田安史教授とともに前立腺がんの創薬に取り組んできた。「ウイルスによる治療薬の開発について、先頃、医師主導型臨床試験をスタートさせました。この薬剤は、従来の抗がん剤や分子標的薬とは機序がまったく異なり、いわゆる免疫療法の一種となります」と野々村氏は説明する。現在、多くの分子標的薬が臨床で用いられているが、それらのほとんどは外資系の製薬企業が開発した高価な薬剤で、薬剤費が高騰している。「一日も早く国産の新薬を開発し、効果の高い薬を国民に安価に提供していくことも我々の重要な使命の一つです」と野々村氏は言い切る。

さらに、前立腺がんの発がんに関する研究にも注力しており、米国のジョンズ・ホプキンス大学と共同で、動物モデルを用いて食事や生活環境などの疫学的視点から発がんの機序に関する検証を進めている。

こうした最先端の研究に支えられ、前立腺がんの予防から治療まで一貫した診療を提供する最前線基地として大阪大学医学部附属病院泌尿器科はさらなる高みをめざす――。


2016年4月取材

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